夢の痕
悪夢にも等しいあの感覚から目が覚める。
体の自由も利くのを確認したら真っ先に腹を確かめた。
真っ赤に染めた痕跡はなく、安堵する。それからやっと生きているという実感が湧き上がる。
「おい、エレナ? なんだそれは……」
私は声の方向にむくと赤い甲冑姿の背の高い人がいた。
「あぁ、これが新しい”契約”の証拠だ」
私の声、違う。エレナの声だ。私が口にした言葉ではない。
違和感が感じる。あの新しいイ草の畳の匂いがなく、澄んだ感覚の匂いだった。
「え・・・?」
身体を確かめる。体の感覚は有るけれど回りのものが全て大きく見える。いや、自分が小さくなっている。
小人どころか、それを通り越して500ミリのペットボトルくらい体が小さくなっていた。
「よう、どうだい。“新しい体“の感覚は?」
エレナの顔がぐっと近く、彼女の息が風のように感じ、体が吹き飛ばされそうになる。
こんな状況に理解するまでに時間は必要だけど、かなりの変化に体立ち上がり方も忘れてしまった子供のように起き上がる。
「聞いてないですよ!」
誠意一杯の声で怒鳴り地面を蹴るが、怒りはエレナに届いている感じはなく大口を開けて笑い流されてしまう。
「これが魔術師ちゃんがいってた。エレナの声の正体……」
「その通り、熟睡できるのは便利だけど強制的に眠らされるのは困るからな」
「なんというか、妖精みたいだな。いや、妖精なのか? 羽もあるし……」
甲冑女の言葉に思わず背中をみる。
そこには半透明な蝶の羽が背中に生えていた。
まさかと思い背中に意識して羽ばたくイメージをしてみるとふわふわと浮かぶ、小さなとき夢見たが状況だけに腕を振ってと喜べる状態ではなく、上手く空を漂うことはできずバランスを崩し頭から床に落ちていく
怪我は必須だろうと目をつぶったが、柔らかい感覚に目をゆっくり開ける。
「おっちょこちょいだと思ってはいたけれど想像以上ね。貴女の死は私の死につながるのだから自覚を持ちなさい」
「え? どういうこと?」
エレナの手の中で起き上がる。柔らかい手触りに少しばかり気持ちよさの名残を諦めながらふわふわと飛ぶ。
「キーラから渡されたものがあっただろ。あれが私の命であり、お前の家でもあるだ」
私の目に前にぶら下げられた透明のクリスタル。これは燃える国を見下ろしていた時に渡されたもの。思わず表情が曇ってしまう。
「そうか、説明する時間もなかったからしょうがないか。簡単に言うと死ぬなってことだ」
「二人で盛り上がってるところ申し訳ないが、私にも分かるように教えてくれないか?」
赤い甲冑姿の彼女が混乱した様子で頭の上に頭を浮かべながら前に出てくる。
「そうね。簡単に言うと体力が続けば私は寝なくて済むようになったってところか・・・・」
「私たちの生活とは変わらなくなるってことか?」
「寝ていてもし、自分の身に危険を感じれば飛び起きることもできるし、ほかの人から起こしてもらうことも可能になった」
「ってことは夜の警備役もできるわけか」
エレナが甲冑の女性と会話を交わしていく、なんで私がこんな状況なのが理解は少しづつ理解できた気がするが、理解できない部分がいくつもある。
一番理解できないのは、私が妖精になっていることだ。
こればかりは自分で考えても答えは出ない盛り上がる二人の会話に割って入ることに決めた。
「ねぇ! エレナ、結局は契約ってどういったものなの?」
「私が自由に行動できるようにした。詳しくはキーラが説明できるんだがな」
頭を男らしくガシガシと掻きながら答えるエレナ。
キーラが一枚かんでいるとは思わなかった。いや、よく考えれば契約とか高度な技術は彼女が知ってるのは道理だろう。
「うまく言えないが、私とお前の存在を分けたんだ。殺して別の生命体として肉体をもって転生する……らしいぞ?」
まさか? 私、死んだの? トラックとかにぶっ飛ばされて異世界に転生するんじゃなくて、一番の相棒に殺される転生なんて聞いたことない。
「現実の私は大丈夫かな……」
上の空でつぶやいた。エレナの言ったことが本当なら私は死んでいることになる。そうすると、現実で眠っている私は死んでしまったのだろう。
「それは心配ない。あくまで死んだのはこの世界の私とお前のだからな、お前の本来の体は大丈夫のはずだ」
「その死んだってのがよく分かってないんだが……」
私の気持ちを代弁してくれる甲冑の女性が頭にハテナを浮かべながら私にしゃがんで目線を合わせる。
「自分も詳しくは分からないが。まぁ、そういうものらしい」
「答えになってないぞ。そこの妖精さん、私はソフィア。言わなくてもわかると思うがエレナと一緒に旅をしている元傭兵だな」
「あ、私は……」
名乗る名前に戸惑った。この物語の主人公が自分ではなく私の登場はイレギュラーのはず。でも、ここで名乗らないのはソフィアに不信感を抱くだけでなくエレナとの関係も危ぶまれる。
「私の名前はさ、サヤ。よろしくお願いします」
切り株の上で頭を下げる。私の名前がファンタジーの世界でも通用する名前でよかったと安心したと思ったら、すぐに心から不安が湧き上がり糸の切れた人形のように座り込んだ。
「いろいろあったから疲れたか?」
「あたりまえだって、エレナに撃たれたり死にかけたり妖精になったりで変化がはやくて目が回るよ」
ペタリと座ったまま、夜どうし歩いたような細い声で答えながら自分の羽を眺める。
「とりあえず状況確認しよう。どうやって侵入するかだな」
ソフィアの脇に手を当てて崖のほうに仁王立ちする様子をみて、首をそちらに曲げながら体を動かす。
そこにはあの時と同じように見張り塔や城壁には煌々と明かりが灯り、国が運営されていることが素人でもわかる。おかしいところが一つもないのにこんなにも心が浮かばれないのはあの出来事のせいだろう。
「故郷だが今回は訳が違う。魔王の城に突っ込むようなものだ。相手の出方が分かれば話が別なんだがな」
さっきと同じように頭を掻くながらソフィアと同じように城の方向を眺めながら大きくため息をつく。
重い沈黙が焚火を囲んで伸し掛かる。私の小さい妖精には耐えきれず立ち上がり首を垂らしながら花が開花するように口を開く
「……ねぇ、私に考えがあるの」
ざわつく、エレナやソフィアだけでなく森全体がざわついた。私にそんな力も魔法もないのは感覚で理解できるんだけど、この後、二人に見られながら言葉をつづけるの息が詰まりそうだった。
「普通に入国しましょう。邪険には扱われないし情報も集まると思う」
「エレナ譲りの強気で挑戦的だな」
「当たり前だろ?私の一部なんだからそうでなくちゃ困る」
「キーラを助けないと始まらない」
「そうだな、まずはツンデレちゃんを助けてから考えないとならないな」
そうかっと呟きながらソフィアは焚火のほうに向かうと松明を見繕い始めた。ただの大きめ木の棒に布を巻きつけ、鞄から瓶を取り出し布に染み込ませてから焚火から火を分けてもらう。彼女ほどこんな慣れた手つきで松明を自作できるのは長い旅路と彼女の経験がこんな小さい視点で眺めれるとは思ってもいなかった。
見とれていると、エレナに肩を突かれ首で進行方向を指示される。フワフワと浮かびながらエレナの近くを飛びながら暗い森を裂いて進んでいく。
「こうして、歩くのは初めてか?」
「夜はいつも護衛をお願いしてたからね。こんな静かな森で歩くのは久々」
この会話だけでエレナとソフィアの仲が理解できる。第三者の目線だと些細なことでも呼吸のあったように動く、歩いているだけだけどこの二人とも警戒を怠らない。ピリピリとしたオーラみたいな言葉にできないものが目の前にそびえたっている。
私は口を結んでいた。この移動時間に根掘り葉掘り聞きたかったけれど、こんな状況も手伝い真面目な顔の二人を邪魔をしていけない。私は視界の隅でふわふわとおとなしく飛んでいることしかできなった。
「なぁ、お前の世界のこと教えてくれないか?」
エレナが楽しそうに聞いてきた。いつも一緒にいたけれど会話することない、というかできない。言葉を交わしての純粋なコミュニケーションは、当たり前だが体を乗っ取るせいで不可能に近かった。
「私も気になるな。妖精さんから別の世界の話を聞くなんで絵本を読んでいる感じだな」
「絵本か、ずいぶんと可愛らしい表現するのね」
「い、いいだろ? 私だって女だし、可愛い表現くらい……」
松明のように顔を赤らめながら言葉が小さくなるソフィアとからかう姿のエレナ。もともと仲が良かったのはしってるけどこういった何気ない会話すらエレナから奪っていたのかという罪悪感が芽生えてしまう。
「いいよ! 信じられないかもしれないけど話してあげましょう」
ちょっとだけ上目線で生意気に口を動かす。普段の私ならこんな胡散臭く両腕を腰に当ててのけ反りながら並ぶ二人のちょい上を飛ぶ。妖精になって少し気分が浮かれていた。
でも、そんな私の態度に天誅が下るのは速かった。
「――ぎゃあ!」
二人の目の前で動きがすべて止まる。羽ばたかず両腕を腰に当てたまま壁にぺったりと張り付いたような感覚に私は何が起こったのか簡単に理解してしまった。
目の前で大きくため息をするエレナと、童心に戻ったようなキラキラした目で私を見るソフィア。
「大きな魔物の蜘蛛の巣じゃなくて、ただの蜘蛛の巣に引っかかるなんて貴女。おっちょこちょいも度が過ぎるわよ」
「妖精族でも巣には引っかかるだな。簡単に破ると聞いていたが・・・」
「ごめんなさい。助けてください」
さっきの態度と打って変わって目に涙を浮かべながら二人に助けを求める。彼女は根っからの妖精じゃないからねエレナが言葉を繫げながら木をけりながらジャンプして私を鷲掴みにして巣から引きはがしてもらった。もちろんあの糸が体に巻き付いているわけなので、あの独特な粘りはそう簡単に取れる訳がなく無理にはがせば羽をそのまま引きちぎってしまいそう。
「じっとしてなさい。まったくこんな手のかかる人だったなんてキーラも大変だったことでしょうね」
慣れた手つきでねばねばした糸をはいでいくエレナだが、ムダ毛をガムテープで処理するかごとくの痛みが掛け声とか気の利いた事こともなく無く、ひたすら毟るようにはがしていく。そのたびに私は声にならない悲鳴が静かな森を賑やかせていた。