契約の契約
案内された場所は、神社から遠くはない。歩いて3分もないだろう。
洞窟の入り口には体の太さを二回りも上回る注連縄と堂々とした紙垂の数に圧倒されていた。
「……これは」
「すごいですよね! 父が特注したらしいです。有名な神社の奉納歴があるようなところから作成してもらったそうです」
私の言葉の意味を微塵もくみ取らず別の意味に聞き取れるとは……。
この注連縄がすごいのはわかった。その業界を知らない私には力量を図ることはできないが。
「では、ご案内しますね! 足元は整備こそされていますが歩きづらいので注意してくださいね!」
初めて友達を部屋に招き入れるような子供じみた笑顔で私の手を引っ張り中へ誘導してくる。
一方の私は、目の前の巫女の名前を聞けずになるようになれーという半ば吹っ切れた気持ちだけだった。
洞窟の中は静かだ。よくアニメとかで聞く水滴が落ちる音はなく、静かな草履の音に比べ私の厚底のブーツは洞窟を騒がせている。
日の光はとっくに届いていないはずなのに、奥に進んでも洞窟の隅まで見渡せるくらい明るい。
普通なら懐中電灯で照らさなければ見えないはずなのに青白くまるで遊園地のアトラクションの一部のように感じる。
この石の輝きは崩落した洞窟の中で見つけた大きな石とよく似ていた。
「不思議ですよね。光を反射吸収して自主的に光るんですよ。でも光を浴びすぎるとただの石になっちゃって、金銭的価値はほとんどないらしいです……」
思わず私が足を止めたのに合わせてナレーションのように巫女が語りだす。
その口調から残念そうな巫女。でも、金銭にならないという欲深いものではなく、儚く散っていくのがもったいないように感じる。
「こちらです!」
「え……。これは?」
違和感があった。いや、違和感がそこに鎮座している。
とってつけたような新品の襖と新品玄関マットがある。これに御札でもついてたら生粋のホラースポットになるだろう。
「ここは私の部屋なんです。あ、監禁とかそういうのじゃなくて、私が父にお願いしたんです」
慌てたように理由を話し出す、今のご時世そういった事件が多いからだろう。いくらなんでも洞窟のなかに居住スペースを作るのはやり過ぎの域を越えている。それを叶える親の領域も度を越えていると思うが……。
「驚かれますよね。先生の作品でも洞窟で野宿することはありましたが、洞窟に住むところを作るんですから」
右頬をポリポリと指先で掻きながら照れ笑いを浮かべながら、巫女は襖を開ける。
和室が完成されていた。壁は砂壁で作られ、角は洞窟に合わせて作られた円形のつくりではなく部屋の隅には角がしっかりと存在している。和の趣が十畳ほどの和室にノウハウが詰まっていた。
入ってきた戸を閉めてしまえば洞窟の中に作られてるなんて誰も信じない。私がこんなところで目覚めたら脱出ゲームが始まったのかと勘違いして発狂しそうだ。
「一部屋しかありませんが、静かでいいと思います!」
貴方はどうするの?っと聞きたかったが彼女のあまりにも嬉しそうな姿に水が差せなかった。
「あ、葉が切れてる! 補充したはずなのにな……。先生、お茶の葉を取りに本堂に行ってきますね」
あの時のつらそうな症状を一切見せず、スキップでもしそうな様子でトコトコと玄関から飛び出していく。
「……………。落ち着かない」
まさに借りてきたネコのような私。周りを見れば見るほど、洞窟の中とは思えない環境にどうしたらいいかわからなくなる。
キャリーバックからパソコンを取りだし電源を入れる。立ち上がりは最高でちょっとよそ見をしている間にホームの画面に起動している。手をキーボードの上に置き深く深呼吸する。
あの体験を文字に起こす、今の私には苦痛に等しいが書かなければならない衝動に駆られひたすら作業する手を動かす。
特殊な場所でひたすら進める。家や会社、ましてやあの時の洞窟より集中できる……気がする。
唐突に頭が重くなり、思考が鈍る。まるで眠気に後ろからぶん殴られたように抗いようのない状態。
「これは……?」
言葉をさえぎり私は深い眠りに落ちてしまう。
目が覚める。
体を起こそうとするが、起こせなかった。何かに足の先全体を均等に強く押さえつけられている。
目の前は真っ暗、目を開けているのか閉じているのかもわからない。
「……ようやく来たか」
声が響く、こんな近くにすぐ横で威圧的。私だったら委縮して声が出なくなるようなそんなとげとげしい声。
「わ、わたしは二宮! 二宮紗綾。貴女はエレナですか!?」
腹の底から声を出す。真っ暗な世界に吸収されるように声は一方のほうに飛んでいく。
「大正解。ひょろいやつだな。確かに、あいつから聞いていたとおりだな」
暗闇から浮き上がるように目の前から現れる。鋭い目つきに筋肉質でありながらも女性的な体つきに負けないように後ろに背負われた筒状の長い入れ物。
「おどけて、声が出せないかと思っていたが。まぁ、私の体を使ってるだけのことはあるな」
「ど……どういうこと」
体が動かせない、エレナは挑発するように私の頬をなでる。魔王につかまった捕虜を品定めする手つきに動揺を隠せない。
「なぁにすこし、契約をしたんだ世界とな。私を操っているやつはどんな奴なんだろうってな?」
悪魔的に笑う彼女の表情と動かせない身体に冷汗が止まらない。何をされるのか? このまま殺されるのではないか? それとも八つ裂きにされるのではないか? あの表情の彼女ならやりかねない。
「私たちの国が攻撃されてから思ったのよ。いざって時に動けない私は不便だった」
恐れが現実になる。長い筒から得物を取り出す。
ライフル銃『アリサル』が私の額に向けられる。片腕で持っているのにも関わらずにライフルの重さに逆らい一点を狙い続けている。
「私を殺す契約? そんなの馬鹿げてる。私の考えがなければ世界は救えないわ」
「吠えるわね。嫌いじゃない。でもさぁ、世界を救ったのは”私の体を使って”でだろ?」
言葉を言い切る瞬間に銃口が腹に向けられ、大きくライフルが動いたのがわかる。
あの耳を裂く轟音がしなかったけれど彼女が私に発砲した。動かない体が自由になる瞬間、お腹に強烈な焼けるような衝撃と私の血で染めていくのが理解した。
「あああああああああああああああああああああああああ――!」
痛みが体をのた打ち回る。日本に住んでいて銃で撃たれるなんてそうはない。
だけど、苦しみはリアルでその場で流れる血を手で止めることしかできない。
「……これでお互いに自由だな。少しばかり忙しくなるな」
エレナに抗議する声はもう出なかった。痛みの苦痛より何もできずに死に絶えてしまうという恐怖。
嫌だ。嫌だ。
―—何が、何が契約だ?
私は結んだ覚えなんてない。
あぁそうか、彼女は”自分の体を使われるのが嫌いだった”。
これは私の罰なのかもしれない。
そうか、これが贖罪なんだと確信しながら意識が遠のいていく。
「まぁ、いろいろ言ったけど、これからもよろしく。――相棒?」
私に向けたささやき。かなり矛盾しているとか思うがそんなのを訴えている暇なんてなく、真っ暗に暗転していった。