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ヤマトミコ

 見知らない天井が広がっている。ふっと我に返り布団の中で首を動かして見渡す。アニメのワンシーンのように厳かで一人で寝るには広すぎる部屋。鼻の中には張り替えたばかりの新しいイ草の匂いが広がっていた。

 ただ、広大な和室が、私の状況が最悪なことを物語っている。


 あの森、もとい山は、この町でも力のある神社の私有地。神聖な土地とはいえ、熟知しない者はこの山は方向感覚を失いやすく登山客の死亡事故が多発した。そんな情報がねじ曲がって先を見失ったものが来る自殺の名所になっていたそうだ。 そのイメージを廃止するために神主が神聖な土地の名誉挽回のため山を買い取り、ボロボロだった神社を改修し町の観光名所になるまで育て上げたらしい。

 その為に山にマイナスイメージをつけるような者にはかなり厳しく、言い訳も通用しない。

 以前、私がここに取材に来たときは苦労した。テレビやカメラ等の撮影は一切禁止。森の中は決して一人で入らないこと勝手に洞窟等に入らないことなど、厳しい規約はある。手続きさえしていれば比較的にいい人なのだけど……。


 そしてこんな言い伝えがある。

 はるか昔にトカゲの化け物が山頂に降り立ち毎年若い処女の生け贄を求め、断ればその口から火炎を吐き山を焼き払う。その光景を目の当たりにした国王は憤慨し鍛冶屋に身の丈ほどの剣を作らせ、頭から真っ二つし平和と秩序を取り戻したという。

 まるでゲームの主人公が現れて化け物を倒しました。――という物語があるそうだ。


「に、にに逃げないと」


 そんな解説じみたことを考える暇ない。背中には嫌な汗と極度の恐怖心が私を焦らせた。


「お目覚めですか?」


 終わった――。こんなところに隠れる場所はなく絶望に打ちひしがれる。


「お疲れだったのでしょう。凄く眠っておられましたよ」


 襖を開けたのは赤いポーチをかけた巫女装束の小柄な子。唖然としていると彼女は襖を行儀よく締めると私に近づいてくる。小柄で可愛らしく女の子のはずなのに、私にはレベル1の状態でラスボスが向かってくるような感覚だった。


「そ、そのスイマセン !  勝手に山に入ってしまいました!」


 布団を吹っ飛ばし畳に飛び降りて土下座を決める。おでこを畳にくっつけながら彼女に必死に訴えた。


「顔を上げてください、確かに父の所業は私の耳にも入っています」


 父という言葉に恐る恐る体を起こす、そこには丁寧な言葉使いから予想できないくらいの可愛らしい女の子がいる。私は呆気に取られ、あの厳格な神主とのイメージが結びつかずに頭が混乱している。

 取材のときに娘がいると聞いていたけれどこんなにも幼いと思っていなかった。


「ですが、父はこの事は知りません。私と先生を運んだ従者だけです」


「……え、先生?」


「そ、――その恐れながらお尋ねします。二宮先生ですよね。グルーディルの!」


 唖然としている私の手を瞬く間にすくい上げ、穢れのない綺麗な目で私を貫いてくる。


「私、同人時代から好きだったんです!会場でコピー紙時代の読み切り版と直筆サインが入った初期も購入させてもらいました!」


 私の作品の愛読者。私の知名度ではサイン会やそういったことはなく、読者と面と向かって話すのは初めてで困惑して、そうなんですかっと曖昧な相槌しかうてない。


「あ、あの、私、ソフィアが好きなんです! 手入れされた紅の甲冑の彼女に絵にかいたような堅物。だけど、正義感も強くて仲間想いで、それと!」


 文字に起こしたことが思惑通りに読者に届いているのは嬉しかった。ただ、目の前の巫女の口は止まりそうもない。まるで仲の良い友達と三ヶ月ぶりに話すような姿に少しだけ複雑な気分になる。


「わ、私の荷物は?」


「あ! ごめんなさい! つい話してしまって。先生にお会いできて嬉しくなってしまいました。お持ちしますね」


 トコトコというような可愛らしい足音が似合いそうな足取りで入ってきた襖からマロン色のキャリーバックを持ってきた。


 普段なら可愛らしい女の子っと感じるはずだったが、何か様子がおかしい。

 数メートルも至らない距離と物をもって移動した。それだけの行動のはずなのに目の前の巫女は肩で息をしている。


「大丈夫ですか?」


 私は思わず声をかけている。素人から見ても異常な息切れ、ちらりと見える首の盛り上がった血管。

彼女は私のキャリーバックに体を預けながら手荒く赤いポーチからホースのようなものを取り出し、口に当てて深く深呼吸している。

 それが呼吸器だと理解するには時間が必要だった。ドラマや取材で医療関係の機材を見たことがあったが、ポーチほどに収まるほど小型化された呼吸器は見たことも聞いたこともない。


「ごめんなさい。私、重度の呼吸不全で……」


 さっきまでハキハキと喋っていたのが想像できないほど、ドラマで見るような乳白色プラスチックのマスク越し、無理やりに絞り出したような声。私を見つめていた綺麗な目は濁り、目の前の呼吸器に咲いたばかりの花に集る蝶のようにひたすら吸い吐きを繰り返す。


「心配させてしまって。今日は調子が良くて大丈夫だと思ったのですが、散歩はまだ早かったみたいですね」


 乳白色のマスクから苦虫を噛み潰したような笑いが読み取れる。不自由な体がいかに嫌いなのだと理解できるほど。私はかける言葉が見つからず、近寄って肩を貸すくらいしか思いつかなかった。


「すぐに落ち着きますから…………」


 私にむけた言葉というよりは自分にむけた言葉のように呪文のように呟いてる。

 彼女の言う通り、呼吸が整うのに一分もかからない。

 しかし、その間は地獄のようだった。そのまま彼女が倒れて二度と起き上がらないのではないかと最悪な考えばかり思いついていた。


「申し訳ありませんでした。私はこれがないと生きていけないので……。その……驚かれましたよね」


自分自身を軽蔑するような発言にそんなことないっと声をかければよかったかもしれない。でも、あれほどつらい顔を見た後にそんな他人事な言葉は彼女を傷つけてしまうよう。開けかけた口を閉じて首を静かに横に振った。


「なぜ、お一人で山にいたのですか? 大がかりな荷物もですし……。今日は取材の予定ではなかったような気がしますが」


「実は執筆に行き詰ったとき静かな場所で瞑想して過ごすんですが。その洞窟のようなところが適してて……」


 小説家とは思えないひどい言い訳に、自分自身にため息をしてしまう。


「やっぱり、執筆作業は静かな場所がいいんですね」


 想像以上に食い付きがいい巫女に罪悪感がわく。嘘だと分かる私の言葉を巫女は真に受けて覚えてしまっている。


「この山は天然洞窟が沢山ありますよね。ですが……」


 巫女が言うことが本当なら、まだ望みはある。

 今度は無断に入らず、この巫女に許可をもらえば簡単に入れそうだ。

 こう思うと私もあいつの思考に少し似てることにちょっとだけ親近感が湧き、早くあの世界の友人を助けに行けなきゃいけない気持ちにさせる。


「ですが、昨日の夜の地震で洞窟が崩落してしまったんです……。私もびっくりして起きたくらい激しい揺れでしたよ」


 …………え?

 地震なんて知らなかった。嘘だっと言いたかったが巫女が嘘をつくはずもなく、言葉を信じるしかなかった。

 しかし、その真実はどうでもいい。別の方法があるはず、頭の中で可能な限り考えを興す。ここで寝泊まりをさせてもらうか。それとも、地震で崩れなかった洞窟を探しそこで暮らす。両方ともあんまり良い行いではないだろうが緊急事態だ。腹は背に替えられないように手段は問う必要はない。


「でも、あそこだったらいいかもしれません!」


 私の思考を妨げるように巫女が声を上げる。


「私が使っている洞窟があるんです! そこは頑丈で空気も澄んでて静かで過ごしやすいはず!!」


 使っているとかいろいろと突っ込みどころはたくさんあるけれど、せっかくの手案だしのっかろうと思う。


「案内。おねがいできますか?」


 できる限り自然に威圧を与えないように言葉をのせた。

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