悪魔
「なんすか?それ。」
「僕もう訳が分からなくて...。」
後輩の原口が本当に僕を呑みに誘ってくれた。
なんて優しいやつなんだ。
僕が女だったらコロッといってたな。
原口に見空に電話をかけたこと、そしてその内容を話した。
「えぇ?先輩は別れたくないんですか?」
「はい。別れたくないです。」
「未練タラタラですねぇ。まあ、確かに無理には諦められないですね。」
「おう、分かってくれるか原口。」
「じゃあ、先輩が納得するまで頑張ってみたらどうですか?」
「え?」
「だから、向こうは好きだけどって言ってたんだから別に先輩のこと嫌いじゃないんですよきっと。それに先輩がこんなに未練タラタラなのは先輩がまだ頑張ってない、やりきってないからです。全力で頑張ってだめなら諦められるかもです。」
原口はコップに少し残っていた酒をグイッと飲み干すとお手洗いに行ってしまった。
「そうか...。」
原口の言ったことがやけに説得力があって僕の目には少し希望の光が宿っていた。
頑張ってみよう、頑張ってだめなら仕方のないことだから諦められるかもしれない。
僕はまだ何もしてないじゃないか。
「先輩ー。ただいまでーす。」
お手洗いから帰ってきた原口は酔っていた。
僕には今は原口が天使に見える。
「原口ー!ありがとう!僕、頑張ってみるよ!」
「いいぞ先輩ー!」
この日は2人で肩を組んで仲良く帰ったとさ。
それから数日ーーー。
僕は見空を何回か食事に誘った。
少しぎこちなかったけど付き合ってたときみたいに一緒にご飯が食べられたことが単純に嬉しかった。
別れてから2週間ーーー。
次はどこへ食事に誘おう、とかそろそろ復縁話をしても大丈夫かとか僕はあれから頑張った。
そしてチャンスが訪れた。
一緒に帰る約束を取り付けたのだ。
言うなら今日しかない、と僕は意気込んでいた。
告白するみたいにドキドキして僕は見空の仕事が終わるのを待っていた。
「ごめん、待った?」
「ううん、全然!」
背後から見空が声をかけてきた。
「じゃあ、帰ろうか。」
僕は付き合ってたときみたいに見空の家まで見空を送り届ける。
見空の家は仕事場から歩いて10分だからいつも歩きだ。
僕は家まで自転車で30分。
自転車を押してよく一緒に帰ったものだ。
なんだかそれが嬉しくて今日はいけそうな気になれた。
さて、どうやって話を切り出そうか...。
なんでちゃんと考えてこなかったんだ!
計画性のないやつめ!
これだから僕は...。
「ねぇ、話したいことがあるの。」
「っえ!?」
話を切り出したのは見空の方だった。
動揺した僕は思わず自転車を倒してしまった。
「大丈夫?」
「だだだ大丈夫っ!話!続けて!」
話というのは僕が見空にしようとしていたのと同じだろうと勘違いしていた僕が悪かったんだ。
見空から聞かされた話というものは残酷で1度壊れた僕の心がやっと治りつつあったのにもう修復できないほどの致命傷を与えた。
本当の地獄の始まりだった。
「お付き合いしてる人がいるの。」
僕達が別れてすぐ付き合い始めたこと、見空からその人に告白したこと、同じ会社の人だということ...。
「私、すぐ態度に出ちゃうから分かったでしょ?恋してるって。恥ずかしいなぁ。」
なんて照れてまでいる。
聞きたくないことをたくさん見空は話してくる。
その度に僕の心が壊れていく音が君には聞こえている?
聞こえててわざと話してくるの?
違うよね?
君は優しいはずだ。
あんなに愛した女の子は今は僕の心をズタズタにしてくる悪魔にしか見えない。
僕は自分の心が壊れていく音を聞きながら放心状態になりながらなんとか見空の家の前までやってきた。
「こんなことになったけど、お互い仕事頑張ろ?...今までありがとう。」
見空は右手を差し出してきた。
「?」
「握手しよ?」
手を差し出しながら見空は泣き出した。
なんで君が泣いてるんだよ。
泣きたいのは僕の方だ。
君にはこれで新しい心の拠り所ができるけど僕には何もないんだ。
君がすべてだったから。
それに別れても君の為に頑張ったんだよ?
君に振り向いてもらいたくて。
恋人がいたのに僕からの食事の誘いにのっちゃだめだよ。
柳沢くんには言ってきたのかな、今日一緒に帰ることも言ってきたのかい?
あとで怒られたら君が...。
やめた。
なんでこんな状況でさえ君の心配をしてるんだ。
もう、やめたーーー。
僕は無理矢理微笑み、見空の右手を握った。
「こちらこそありがとう。幸せになってね。でも僕はまだ諦めないからもし別れたら、もし結婚することになったら教えてね。」
「うん、もちろんだよ。」
口では諦めないと言ったけどもうとっくに心は壊れていて諦めない、なんて強い心は微塵も残っていない。
僕なりの強がりだったのかもしれない。
じゃあ、また会社でね、と言って僕達は別れた。
本当の意味でも。
夜だからなのか絶望したからなのか、目の前は真っ暗で見えづらかった。
そんな道を自転車で帰ったはずなのに記憶がなく、僕が僕を取り戻したのは僕の家のベランダだったーーー。
僕は何をしようとしていた…?
僕は自分が怖くなった。
急いで自分のベッドに潜り込み、一晩中泣いた。