あいつらと僕
「おはようございます。」
今日も僕は仕事をする。
社会人になった僕の使命。
正直に言うと出勤したくない。
仕事したくないとか、働きたくないとかではない。
あの人がいるから。
僕の元彼女の栗田見空だ。
僕達はこの会社の同期で、入社してすぐ意気投合し、付き合いはじめた。
だからどちらかがこの会社を辞めない限り、ほとんど毎日顔を合わせることになる。
付き合ってた頃はあんなに顔を合わせることが嬉しかったのにー。
「ねぇ、こういち〜。おはよー!」
「おう、見空!おはよ。昨日はよく眠れた?」
「うん!あ、次の休みさー...」
僕の目の前で会話するこの二人はカップルだ。
僕と別れてすぐ、見空は同じ会社の僕達の一つ下の後輩の柳沢光一と付き合っている。
多分、柳沢のことが好きになったから僕は捨てられたのだろうと推測している。
しかし僕の気持ちも考えてほしいものだ。
好きだった人が僕の元から去った矢先、他のやつのものになっている。
しかもそれを見せつけられているかのように毎日アイツらを見なければならない。
辛いに決まってる。
僕は意外とナイーブだ。
自分のことは我慢強くてポジティブだと信じていた。
でもそれを知ったのは別れてすぐだった。
食事も喉を通らず、吐き気はするが胃に何も入っていないから何も出てこない。
睡眠も全然できなくなって、でも起きていれば辛いことを思い出してしまって涙が止まらなくて。
見る間に痩せた僕は今となってはその時期をダイエット全盛期と呼んでいる。
そんな状態が1ヶ月続いた。
でも見空は落ち込む間もなく柳沢と付き合って今は楽しそうに笑っている。
僕はやっと最近、心から笑えるようになったというのに。
人の世界って本当にずるい。
不公平だと思わないか?
男の僕がこんなこと言っても格好悪いけど。
ーー半年前。
「別れよう。」
「分かった。」
4年も付き合ったカップルがこんなあっさりした別れ方をするのかってくらいあっさりしたやりとりだった。
何故か別れた直後は意外と平常心だった。
現実を受け入れられなかったからかもしれない。
でも地獄は次の日から始まった。
「田中さん、なんで泣いてるんすか?」
仕事中、デスクに座っていた僕は涙が止まらなくなってそれに気づいた後輩に声をかけられてハッとなった。
「あぁ...いやっ...大丈夫だ...っ...。」
「大丈夫じゃないっすよね。俺、話聞きますから。」
「ありがとう...。いや、実は彼女と別れちゃって...なんか涙が四六時中止まらなくて...涙の止め方を教えてくれ...。」
「先輩...!まじっすか!栗田さんと別れちゃったんですか!?あんなお似合いだったのに...まじか!」
後輩の原口はこんな僕を励ましてくれる。
よく相談にものってくれるいい奴だ。
「先輩、今度呑みに行きましょ?話したら少しは楽になりますよきっと。俺でよければ。」
「ありがとう原口。」
原口の優しさが身に染みた。
仕事中に泣くなんて、しかもプライベートな事で。
こんな自分が情けない。
ふと見空を見るとテキパキと仕事をしている。
なんであんな平気なんだよ...。
家に帰った僕は涙がまた止まらなくなった。
それに布団に入ったのに全然眠れない。
そして別れたはずの見空に咄嗟に電話していた。
「...はい、ゆーくん?どうしたの?」
別れたのに電話に出てくれる優しい見空。
「見空。どうしても別れなきゃだめ?お願いします。やり直したいです。」
「ゆーくん。もう決めたことなの。」
「どうしてだよ...。僕もう辛すぎて耐えられないよ。全然眠れないんだ。」
「よく考えて。ゆーくんが私と別れたくないのは本当に好きだからなの?依存だと思うよ。ずっと一緒にいたから。」
「そんなことない!見空が好きだ。もうこんなの辛いよ。」
「んー...。辛いか...。ゆーくん、無理に諦めようとするから辛いんだよ。私もね、ゆーくんのこと好きだけど別れるの。別れたからって終わりじゃないでしょ?私はゆーくんとこれからも相談とかできる仲ではいたいの。」
見空のいってることが全く理解できない。
好きだけど、とかずるくない?
これ以上は迷惑だと思った僕は夜中に電話してしまったことを謝って電話を切った。
見空に言われた言葉達が脳内をぐるぐる...。
電話したところで解決できなかったとため息をついて、どうか眠れることを祈って目を無理やり閉じた。