避妊手術決行
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「...なぁー。...なぁー。...なぁー。」
低く地を這うような苦情の声。
可能なら「な」に濁点をつけて表現したいところだ。
「ミャアー。ミャアー? ミャーオゥ...」
「にゃー! にゃー! にゃー!」
ひたすら混乱中のかしましい声。
なんとなく不吉な予感は感じているのか、その声色は不安げだ。
それぞれ、聞いていてなんだか切ない。
ドナドナドーナードナー。
「はいはい、怖いねー。悲しいねー。不満だねー。よしよし、わかるわかる。」
切なさを感じながらも失笑気味に、あたしはミラジーノのハンドルを繰る。
不満げにドスのきいた声で鳴いているのは、キャリーケースに詰まったタピオカ。
かしましいのは女児2匹。
姉妹まとめて1つのキャリーケースに詰められたアズキとダイズ。
そしてーーこれより向かうは動物病院である。
数日前。
「お前、ボーナス出たんだろ?」
「え? ああ、まぁ、ハイ。」
唐突に父に言われて、あたしは戸惑いながらも素直に認めた。
「いくらだ?」
「さぁ? 去年と同じくらいじゃないのかな?」
「自分のボーナスだろうが。把握してないのか?」
「一昨日くらいに明細配られてたけど...毎年同じくらいかなーって思ってちゃんとは見てないなぁ。」
お腹の上で丸まるタピオカの毛並みを撫でながら無感動に言うあたしを、父は侮蔑の表情で見遣った。
そんな父の肩から、フクもこちらを見遣って小首を傾げる。
悪気はないのだろうが父と揃うとなんだかムカつく。
ええい、視線がうるさいぞ。
ボーナスはまるっと貯蓄にまわす派なのだ。
だから別に金額の増減はそんなに気にならないのだ。
もう頂ければそれだけで有難いです、ハイ。
「え、で、なんなのさ?」
口を尖らせてあたしが尋ねると。
「そろそろ全部まとめて病院連れていったらどうだ? 万が一また増えたら困るだろう。」
病院、というその言葉で、タピオカはピクンと耳を動かし薄く目を開ける。
「...と、言いますと?」
「ボーナスで、全員まとめて避妊手術してもらってこいよ。」
タピオカは静かにその場を立ち去った。
ーーいや、今この場から逃げてもなんの解決にもならないけどな?
そんなわけで、今日である。
父は口を出すだけで資金援助はしてくれなかった。知ってたけど。
ええそりゃ確かにこれ以上子ども産まれたら困りますよ。
そしてあたしの猫ですものね。
飼い主が責任を持ってやらないとね。
わかってますよ...わかってますけど...
ボーナスまるっと飛んだわドチクショウ。
「なぁー...なぁー...なぁぁぁー...!」
「うるさい不良娘。そもそもお前が行きずりの一夜なんかやらかすからいけないんだぞ。」
ずっと家から出ない箱入り娘を続けていれば手術しないままで済んだかもしれないのに。
タピオカは知っている。
キャリーケースに入れられ、かつ車に乗せられたらその行くさきは動物病院だということを。
しかし、タピオカは知らない。
今回の病院が、予防注射や健診どころではない、切腹手術だということを。
ついでに。
アズとダイズはもっと知らない。
生後1ヶ月で健診連れていったけど、たぶんこいつら覚えてない。
車を停め、2つのキャリーケースをえっちらおっちら後部座席から下ろす。
3匹まとめて持つのは重いわー。
診察券を出し、順番を待つ間も、タピオカの苦情と姉妹の騒ぎ声は続いていた。
診察室に呼ばれ、毛を逆立ててケースから出ようとしないタピオカを獣医サン看護師さんと力を合わせて引きずり出し。
未知の空間に怯えるアズとダイズも同じく引きずり出し。
手術するに当たって問題なしと判断されたので、同意書書いて暫しのお別れなのです。
さようなら、我が愛娘たち。
いい子で入院してるんですよ?
そしてあたしは動物病院を後にしたのであった。
え? フク?
...連れてこられるわけ、ないじゃないっすか...