ハロウィン
止まってしまっている間に評価をいただいていて、励みになりました。ありがとうございます!
うちの猫たちの赤ちゃんの頃を思い出しながら、頑張っていきたいと思います。
ある土曜日。
子にゃんズが危なげなく自力でベッドを上り降り出来るようになったので、世界を広げることにした。
活動可能範囲の拡大。
八畳ほどのあたしの部屋から、家の中全体へ。
普段は子にゃんズが飛び出さないように気を付けていた自室のドアを、あたしは開け放つ。
ベッド下でじゃれあっていた子にゃんズとフクは、きょとんとした様子でこちらを眺めた。
タピオカはと言えば、我が子がどう動くかをベッドの上にゆったり横になって高みの見物風である。
しばらく、開いたドアとあたしの顔を見比べる子にゃんズぷらす1匹。
ちなみに彼らの頭には、それぞれ愉快なものが付いていた。
黒トラのアズキには、白いウサ耳。
茶トラのダイズには、唐草模様のほっかむり。
三毛のウズラには、犬の垂れ耳。
そして白いフクには、ピンクの猫耳。
猫耳オンザ猫耳であるが、フクの自前の猫耳は生まれたときのように小さいままなので、被り物の猫耳の存在感抜群だ。
ーーちなみにこれは、独り暮らしの妹からの貢ぎ物である。
猫用コスプレグッズ。なんとガチャガチャで入手とのこと。
最近は色々あるなぁ。
余談だがフクだけは猫耳の素材に合わせてあたしが手作りしたチョッキ?を着せているのだが、まぁその話はまたあとで。
その妹は、実はフクのことも知っている。
よってハロウィンが近づいて来た今、これらが送られてきたわけだ。
せっかくなので装着後すぐは撮影会して画像送っておいた。
とか言ってる間、子にゃんズは動かない。
とんだびびりである。
「いいの? じゃあ閉めちゃうよ?」
あたしはゆっくりドアを閉め始めた。
だっ。
意を決して飛び出したのは、うさぎさんなアズキだった。
正に脱兎ーーとか言ってる場合じゃなかった!
「あっ... !」
あたしの部屋は、ドア出て廊下の幅60センチの先がーーちょうど下り階段だったりして。
きゅきゅー... ーーとてん。
ちょっと焦ったが、アズキが慌ててかけた急ブレーキが効いて、落ちたのは一段だけだった。
下を覗き込むと、横倒しでこちらを見上げるアズキと目が合う。
成猫用なのでサイズが大きいウサ耳のかぶりものが脱げかけている。可愛い。
みゃあー。
ふと足元を見れば。
アズキを心配したのかダイズとウズラがあたしの足に隠れるようにしながら、やはりアズキを見下ろしていて、更にその後ろ、まだ部屋からは出ずにドアギリギリでこちらをうかがうフク。
やっぱりお前が一番びびりだったか。予想通りすぎるわ。
視線をアズキに戻すと、まだ固まっていたアズキはあたしの視線を受けてようやく身を起こす。
そして階段のフローリングをスンスンと嗅いでチェックしたあと、前足を下の段へちょい、ちょいと伸ばし、へっぴり腰で一段降りた。
そしてどや顔。ずれかけたウサ耳で。
「... はいはい、すごいねー。アズは勇気があるねー。他の三匹とは大違いだねー。」
指先で喉を撫でてやると目を細めて得意気に喉を鳴らす。
一方、挑発されたことがわかっているのかいないのか、ダイズとウズラは互いに顔を見合わせーー
そして、三匹で仲良く階段を下りていった。
「... ま、いっか。それはそれで。」
あたしは、未だ部屋から出られないフクをちらりと見て、三匹のあとを追うのだった。
トイレ。浴室。台所。納戸。
子にゃんズが鼻をスンスンさせる先を、あたしは1つずつドアを開けて案内してやる。
ちょっとしたいたずら心でトイレの水を流して見せたら飛び上がって逃げていったが、それ以外は順調に探検が進み。
「あら、ミーちゃんたち下りてきたのね。」
残すところはあとひとつとなったそのリビングから、母さんが出てきて言った。
子にゃんズはドアの開く音で素早く階段の折り返しまで逃げたが、母さんの声にトーテムポールよろしく三匹顔を縦に並べてこちらを覗き込んでいる。
母さんには時々餌やりを頼んでいるので、子にゃんズは警戒を解いて下りてきた。
母さんは子にゃんズまとめて、ーーいや、ミーなんて鳴かないフクもまとめて、子どもたちをミーちゃんと呼ぶ。
何度それぞれの名前を教えても覚える気がないらしい。
そんな「餌くれる人」につられてリビングのドアまで近づいてきた子にゃんズは、再び階段の折り返しまで飛んでいくことになる。
リビングにはもう一人人間がいたからだ。しかも見慣れない奴。
髭面。眼鏡。ドアの隙間からチラリと見たことはあっても、はっきり遭遇するのは初めての相手。
父である。
「ーーおい、なんか今変なのいなかったか?」
「変なのって。ミーちゃんたちでしょ。」
「るりが送ってきたコスプレさせてみたんだ。ハロウィンだからね。」
ソファーに座り、読んでいた雑誌から顔を上げて怪訝な顔をした父に、母さんとあたしが答える。
「いや... 仮装どころじゃなくて違う生き物がいたような... 」
「え?」
振り向くあたし。の、その肩に。
え。
辛うじて見えるピンクの猫耳。
貴様、いつの間にそこにっ?!
呆れているあたしの肩から、猫耳フクは恐る恐る顔を覗かせる。
「ーーなんだ、やっぱりミーちゃんじゃない。」
「待て母さん。どこがミーちゃんだ。どう見てもミーミー鳴かなそうなは虫類じゃないか。いつの間にトカゲまで飼ったんだ。俺は聞いてないぞ。」
父は雑誌を膝に置いて眉を寄せる。
「ミーちゃんなのよ。タピちゃんの子だもの。ねぇ?」
「は? 意味がわからん。」
母さんの説明になっていない説明に、父さんは憮然とした様子。
まぁ... そうですよね。
「タピがいつの間にか持ってた卵から孵ったんだよね... だからタピオカの子として、子猫たちと一緒に今まで育てて来たんだけど。」
あたしは言う。
タピオカが産んだ、とは言わない。
父は現実主義なので、そんなこと言っても信じないだろう。
それに、あたしもタピオカが本当にその身から産んだところを目撃したわけではない。
「いつの間にかって... 飼って大丈夫な生き物なのか? どこかのお宅のペットをさらってきたんじゃないだろうな、あのデブ猫。」
「うーん。おたずね卵の貼り紙は見かけてないなぁ。まぁ、もしも猫に卵さらわれたとしたら、飼い主さんは卵の生死に希望は持てないよね。ああ、とりあえずもう1ヶ月は寝食を共にしてるけど、少なくとも毒とかは持ってなさそうよ?」
爪で引っ掛かれたりしたけど生きてます、あたし。
言っている間に、フクはよじよじと肩の上に全身を現す。
ちなみに足元には子にゃんズがまとわりつきながら、父を観察している。
「ーーん? そのトカゲ、羽根生えてないか? おい。」
父が眼鏡を直しながら声を上げた。
しかし想定内っ!
「え? だからハロウィン。仮装仮装。羽根つけたら可愛いかなと思って。」
あたしはパタパタと手を振って言う。
そう、これがフクにチョッキを着させた理由。
羽根の付け根を隠し、羽根が偽者であると押し通す作戦!
「けど、飛んでるぞ?」
「ーーフクぅぅぅ!!」
あたしは思わずパタパタ羽ばたいているフクをひっつかむ。
あたしの手の中で、小首を傾げてつぶらな瞳を向けてくるフク。しかもピンク猫耳。
ーーくそ。バカな子ほど可愛いっ。
さて、どう言い訳しようか考えていると。
「おい、本当にそれは一体ーー」
「だから、ミーちゃんだってば。」
「いや、でも、トカゲで、羽根はえて、しかも飛んでたぞ?」
「個性よ。みんな違ってみんないいのよ。」
「いや、しかし、それ... 」
「タピちゃんの子なんだからミーちゃんなの。ね、ミーちゃんたち、おやつ食べる?」
みゃあー。
きゅー。
ーー結局、母さんがごり押した。