公式外出?
「…いいかげんにしてくださいね」
開口一番シェインの小言が始まった。
ここは和子の寝室であり、また朝から勝手にアイオリアが侵入して朝ごはんアーンをやらかしており、和子はやむなく、アー…とまぬけに口を開けながら、ドアにもたれるシェインの腕組み藪睨みを横目で見ながらいちおう話を聞いている。
もちろんアイオリアは全然聞いてない。
「くどいぞシェイン」
「しっふぉい、盗っふぉ」
ケータイをバラされて以来、和子はシェインを「金髪メガネ」でなく『盗っ人』と呼んでいる。
たとえ異世界でも、たとえ金髪メガネの業務が容疑者の手荷物検査であっても、第三者の持ち物を許可なく使用および分解・破壊し、復元もせず持ち主に返還しないのだから、『盗っ人』である。
あの後、ゆかいなサザエさんとして山を下り、諦めてまたアイオリアんちの離れに住まわされることになった和子だが、放火脱走については意外にも何のお咎めもなかった。
むしろ罪人でもない和子の寝室に施錠したシェイン兄妹の対応が神帝アイオリアの怒りをかい、二人して廊下に正座させられ、神帝用高級ハエたたきで頭をペシペシたたかれていた。
以来、和子は思案の末、無断脱走をしないと決めた。
その代わり、アイオリアとじぶんの部屋に、さまざまな器具を運び込んだ。
「神帝は寝室には寝に来るだけだから、好きに使っていいって言われた」
この異世界の文明発達度がまた微妙で、『夜も人型でいられるライト』は注文すれば届くのに、体を鍛えるための家庭用器具や、スポーツ用品の類いが存在しないのだ。
彼らは獣人だから、ヒトみたいに筋肉も弱くないし、殺るか殺られるかの世界でスポーツを楽しむ獣人もほとんどいないらしい。
だが和子はもう理解していた。シロ、いや『アイオリア神帝』に相談すれば、大抵の必要物品は何とかなることを。
ワタシダケ、ヨワイ、ヨクナイ、スコシデモ、カラダ、ウゴカス、ヨイデショウ?
アイオリアは一も二もなくにこにこと賛同し、翌日から出入りの御用業者は、見たこともないショップジャパソぽいダイエット器具や筋トレ器具の数々を、ワコ画伯の描いた拙い画だけをたよりに製作するハメになった。
それでも1週間もすると、寝室のベッド周りはさながら運動器具の展示ルームと化し、訪れるたびにゲンナリしているシェインやユキを尻目に、和子は器具のあれこれを満面の笑みで楽しんだ。
はじめはすぐにへばっていたが、3日目には器具の使い方に慣れ、3週間目にはあちこちの筋肉が変わり始め、スムーズにからだが動くようになってきた。
アイオリアは朝風呂にしかこないので、汗をかいて一休みのときは存分に入浴できるのもよかった。
とりわけ和子が気に入ったのは、テニスの壁打ちと称した的当てだった。
本人達の1.5倍サイズの「壁」を特注し、中庭において壁打ち練習を行う。
壁は3つあり、アイオリアとシェインとガイそっくりのムッツリした肖像が描かれている。
その壁の、狙うと決めた箇所にコントロールを集中し、全力でラケットを振る!
ビシィ!と跳ね返る球のコースに先回りして構え、膝を落とし、ラケットを引いて思いきり振り、スパーン!と“かいしんのいちげき”が的に当たって弾かれる。それを無心に繰り返す。
これはユキも大いに気に入ったらしく、晴れた日の午後など、和子が打つ音を聞きつけるや、どこぞの窓から身を乗り出し、
「ワコ様ーっ、私も、わたくしもすぐ駆け付けますから、そのバシッバシッ、を続けていてくださいませねーっ!!」
というでっかい声が離宮中に響きわたり、シェインは執務室で正露丸を噛み潰したようなカオになるのだった。
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「ワコさんね?毎日アレだけストレス発散してるんですし、なにもあした出かけなくてもよいでしょう?
あなたとイリアがお忍びで外出するとなればね?ただでさえ忙しい我々に!無駄!かつ微細で余計な業務が膨大に増えるんです、から、ねッ!」
キピーン、とメガネを輝かせ、金髪メガネが今夜もストレス発散に和子に小言を言いに来ている。
「うん、私、ありがとう、すとれす、だいぶ、良いかも。でも、えんせいからもどったとき、デートする、イリアさまの、約束。中止、イリアさまに、言って。あなたは、役目、私は、役目でない」
ドレッサーに向かって座り、大人しくユキに髪をすいてもらいながら、和子は穏やかにシェインに答える。
なにせやっと脱走でなく、公然と外に出られるのだ。日々のエクササイズのお陰か今は元気だが、たとえインフルエンザだとしても外出してみせる。
で、翌朝。
「ほんっと今日だけですからね、ほんっとに今日一日だけですから」
あ~ん、をしているふにゃふにゃイリアと、あ~んされているマイペース異世界娘にクギをさしたシェインだが、案の定うるさい小姑扱いで相手にされてない。
「あーもう…ワコさん、これが防犯ブザーに通信機、迷子防止の位置発信チップね、使い方はイリアに訊いてください、何かあれば各部署が適宜対応しますけど!俺は!業務的にもフォローとか一切しませんからね!今日だけはっ」
シェインは捨てぜりふを残してずかずかと仕事部屋に帰ってしまった。
「あれ、やっぱり、ヤキモチ…かな?」
という、困惑した和子の誤解発言からのカイン君のナイスフォローからの脱力アイオリア(ホモ説に脱力)を、力ずくで街中に引っ張り出した和子は、昼前だというのにやヽ疲れていた。
(だってシロもシェインさんも仕事できる美形カップルなんだもん、めちゃテンプラなんだもん!私たち皆誤解するの仕方ないもん!あっちに還ったらヨウコちゃんに本にしてもらおうーっと)
異世界転移に関して相当あきらめの悪い和子、とイリアは、ヨレヨレふらふら、ようやく最初の目的地・歴史資料博物館に到着した。
和子は近代史館に入ろうと言ったが、
「ワコ、あっちキケン、コワイ、有名。古代のほうが、俺スキ。楽しい」
とイリアに説得された。
なぜだ。
(今までどんな無茶なワガママでもきいてくれたシロが、私の希望よりシロの好みを通そうとしている…?)
「う、うん、古代史ね。私、あそこで、券買う。シロ、古代史館の前で待って」
タタッと窓口に行き、やや小声で『大人2枚、古代史・近代史1枚ずつ』と伝えた。
(続くかも)
やっぱりあすこまでは書かないと(;ω;´)キッ