あった…
短めです。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
和子は必死に走っていた。
薄暮の中、すれ違う人達は徐々に鳥獣に姿を変えている。
和子を見ると何か大声で呼びかけ、追って来る者もいたが、和子はぜったいに振り向かず応えもしないと決めて走り続けた。
テロ集団の勝手国どころか、ここは並行世界パラレルワールドで時間軸も適当で
、相手は人間なのにホモサピエンスではないのだ。まじめに相手をしていたら頭がおかしくなる。じっとしてろと言われても聞く耳を持つだけ無駄だ。
山のバイトで少しは逞しくなったと思っても、現代っ子の和子の足裏は皮が柔らかく、裸足で山道を走り続ければ砂利や小石が容赦なく足裏を傷つける。
日の射さない場所を走れば泥も跳ねる。
(うちに帰ったら…、違った、元の世界に帰ったら、消毒して、バンソコ貼って、お医者さん行って、一応血液検査もしなくちゃ…、はぁ、はぁ、まったく、なんでこんな事に、なっちゃうんだろ、はぁ、はぁ)
たまに山道の脇に清水が流れていれば手を器にして飲み、顔を洗い、足を漱ぎ、一息ついてまた走り出す。
和子は基本的に方向音痴だが、勝手知ったるシロとの思い出の山と瓜二つの山だから、薄暮の中ならギリギリ迷わずに約束の場所を目指すことができた。
(あった…。)
はぁはぁと息を乱し、汗をぬぐいながら和子は立ち止まる。
目印の懐中電灯は弱々しい光だがまだ点灯して揺れていた。
「はぁ、はぁ、は…疲れたぁ…。」
よっこいしょういち…と歳に似合わぬ死語をつぶやきながら和子はゆっくり座り込む。
もう電灯のそば以外はずいぶん暗くなっていた。
ちゃんとベランダの窓は閉めて来たから、1匹2匹はバックドラフトで火傷のひとつもしてくれたろうか。
魔法が使えなくたって、地球で唯一火を御せるホモサピエンスをあんまりなめないで欲しいものだ畜生め。
(もう何があってもここに居よう。ここで寝込んで起きたら襲われたんだから、また眠ればきっと戻れる…)
(しかしフクロウならまだしも鷲とか鷹って夜の森にいるもんなのかなぁ…しかも熊に乗ってて。ツキノワグマじゃないし、なんだろ。ま、異世界らしいからどうでもいいけど)
明かりを目掛けて蛾がバタバタ翔んでいる。
和子の体温を感知した蚊もうるさいし、叩いても叩いても追いつかない。
(金チョーの夜、日本の夜…あれさえあれば着火…、あっ!ヨモギだ!)
大好きな少女まんが『オリゴ糖とオオバコ』に倣って、そこらのヨモギらしき葉っぱをブチブチとちぎっては身体中に擦り付けた。
(あぁハーバル…和のハーブや…フンカフンカ…すんすん…)
願わくばここまでの出来事が、シロを待っている間に見ていた夢でありますように…。
目が覚めたら、一回りも二回りも大きくなった、カッコかわいい私のシロたんに逢えますように…。黄門様、どうかお願いします…。
そんなことを祈りながら、クタクタの和子はゆっくりと眠りに落ちていった。
(続くかも)