無罪放免?
「───────────────、?!」
今度は和子が驚愕した。
(ワコ!?ワコって聞こえたけど、え~と、ここの言語でワコってどういう意味なんだろ?)
(まさか私を呼んだ訳ではない、はずだよね…名乗ってないし、言葉は通じてないし、このイケメン絶っ対初対面だし…)
理由なく暴行を受けた上に上半身むき出しにされ、後ろ手に手錠をはめられたまま、恥辱と激痛に耐えながら和子は必死に『この状況』を考えた。
嗚咽して震える氷の男、いや、氷だった男は、ただただボーゼンとしている和子との温度差にようやく気づくと、慌てて自分のマントを羽織らせ、聞き取れない言語で兵士達に手錠や足枷を外させ、何事か立て続けに大声で指示を出しながら和子をお姫さま抱っこで抱えあげた。
「ギャ───────☆%※!なんでなの、なんでなの!どこいくの何するのどうする気なの─────!!ちょっと────!!やだやだやだよ、下ろしてよ!下ろしてってば!下ろせ!!おーろーせー!!」
和子は必死にわめいてじたばたと抵抗したが、イケメンはどこ吹く風でスタスタと広間を出て、長い廊下を歩き出した。
・・・・・・・・・・・・・・
お姫さま抱っこで連行された部屋は明らかに豪華な寝室で、和子はそのベッドに丁寧に寝かされた。
「ワコ、ナイ?イタイ?」
このイケメンはどうやらユリ・ゲラー以来の異能者らしいが、オツムが阿呆なのだろうか?
瞬時に和子は考えた。
なぜかカタコトの日本語を知っているし、『ワコ』は私で確定だが、さっきから君の目の前で君の部下に暴行を受けてたの、見てたよね?
あの冷ややかな目付きでジ──ッと見てて、で、今何つった?
痛い、ない、だとう…?
和子はついにブチ切れた。
「痛いに決まってるでしょうが!!!どこもかしこも、全身痛いわよ!!!あんたさっきから見てたじゃない!!!ふざけるんじゃないわよ、私行くとこあるんだから!!!疑いが晴れたんならさっさと治療して、このふざけた地域から日本に帰して頂戴!!!この誘拐犯!!!日本に戻ったら絶対あんた達通報してや」
「ワコ、ワコ?ナイ、コトバ、スコシ」
落ち着いて、落ち着いて、と両手でドウドウとジェスチャーしながら、イケメンは『意味が分からない』と伝えている。
「い、た、い」
和子はムカムカしながら要点を答えた。
まるで計ったようなタイミングで、ドアノックする音が聞こえた。
イケメンが答えると、ドアから入って来たのは、小さな坊やだった。
「─────、─、──────。」
「────?──。」
迎えに出たイケメンと坊やは、ドアの側で何やら相談している。
ほどなく、イケメンが後ろめたそうに和子に振り向き、
「イタイ、ゴメン……ワコ」
そう言って、部屋から出ていった。
入れ代わりに、坊やがトコトコと和子のベッドに歩いてきた。
「ワコ?」
小首をかしげ、和子を指差して聞いてくる。
(か、可愛い!!誰だか知らないけど、可愛い!!)
可愛いは正義である国に育った和子である。
相手がテログループの子だろうが何だろうが、可愛いければすべてokである。
「うん。私、ワコ。あなたは?」
坊やは自分を指さして答える。
「オイシャサン?」
───────────なんですと?
「ワコ、デキル。ダイジューブ、ダイジューブ、」
そう言いながら、少しずつイケメンのマントをはぐり、そっと、そっと、和子の傷口や青タン、あり得ない曲がり方をしている肩に、小さなお手てを当てていく。
可愛い子どもにさわられて面映ゆいが、拒否するのもかわいそうなので、和子はされるがままにじっとしていた。
「─デキル!」
何が?
嬉しそうにニッコリ笑う坊やにつられて微笑しながら、どうやらタッチは終わったようだと和子は察した。
そして気づく。
(痛みが───、消えている…?)
試しに左肘を、ゆっくりと後ろに引いてみる。
肩に痛みはない。というか、曲がった肩が元通りになっている。
つ、つまり、この子も異能者…?
ってことは、ここは、異能者の国?
(いやいやいやいや、ないから。あり得ないから。そんな国、地図にないから。聞いたことないから。)
(でもでも異能者なら、国ごとシールドできたりしちゃったりなんかして)
20年弱の人生での常識を覆すコペルニクス的展開を一人脳会議して整理しようと、無駄に頭を捻る和子であった。
・・・・・・・・・・・・・・・
一人脳会議からふと我に帰ると、さっきの坊やは居なくなっていた。
「あ、しまったお礼言ってない…」
何か知らないが、イケメンの差し金で優等生能力者の坊やが手当てをしてくれたのだろう。
体力もすっかり回復したようだ。
仙豆を食べたビーデルの気持ちが分かった気分だ。
となれば、こんな物騒な地区には用はない。
とっととずらかろう。
そう考えてはた、と気づいた。
「荷物が、ない…。」
再び絶望の一人脳会議を始めた和子の部屋のドアを、またコンコンとノックする音がした。
今度は女の子の声だ。
メイド姿のきれいな女の子が一人入って来た。
「ワコ様、初めまして。私はユキと申します」
「───────────────!!」
……もはや異能者の国で確定だ。
和子は口をあんぐりと開けたあと、はぁ…、と溜め息をついた。
もうイチイチ驚くのはよそう。疲れる。
これは夢の中なんだ。たぶん。
「は、初めまして。ユキ、さん?もしかして、偉い人から、私のお世話を申しつかった係のかた、ですか?」
「はい!ワコ様、では早速ですが」
「ユキさん、早速だけど、私の着るもの一式と、私の荷物がある場所まで案内してください」
「えっ?」
「だって、この扱いからして、私の容疑は晴れたんでしょう?だったら今すぐ帰りたいの。着るものは一日分で構わないわ、この地域を出たら安宿にでも止まって手洗いするから。あとは私のかばん、もちろん中身もよ。財布さえあれば空港へ行って、飛行機を乗り継いで日本に帰れるから」
そして成田から東京駅に向かって、あとは新幹線と電車とバスを乗り継げば、家に帰れる…
「出来ません」
「えっ」
「私、いえ、私共は、これからワコ様をお一人にしてはいけないと、重々申し使っておりますので」
「えっ」
「とりいそぎ、ワコ様のお身体を綺麗にして差し上げるよう言われております。さ、このままバスルームに参りましょう」
「 ────やだ」
「ワコ様?」
「もう荷物はあきらめる。服と当座のお金だけでいい。返して」
「…出来ません」
「分かった、もういい」
言うが早いか、和子は裸足でスタスタと部屋から出ていこうとする。
「ワコ様、お待ちくださ─」
「ワコ?…ワコ、アルク!ワコ、イタイ、ナイ!」
「ふぎゃっ」
和子はいきなり戻って来たイケメンの胸に頭からぶつかってしまった。
「イタイ、ナイ!ワコ!ヨイ!ワコ!ヨイ!」
マント一枚の格好でギュウギュウ抱きしめられる和子。
「…わこ、いたい、ない。もうかえる」
「モウカエル?」
「I'll go home!か・え・る!」
「…ワコ、ダメ」
予想通りの答えに、思わず和子はキッとイケメンを睨み付ける。
腹の中から沸々と怒りのマグマが沸き上がるのが分かる。
「どいて!」
力いっぱいイケメンの腹を押して、ドアとのすき間をすり抜ける。
走ったってどうせすぐ捕まるのだ、堂々と歩いて出ようではないか。
私は無実なのだから。
と、ドアの外のワゴンに、バスタオルやリネン類、そして着替えらしき衣類を見つけた。
どうせ裸も見られてるんだし、夢なんだし。
和子は完全に開き直って、その場でマントを床に落とすと手早く服を着始めた。
「ワコ、ワァ!////ダメ、メッ!ワコ、メッ!」
顔を真っ赤にして静止しようとするイケメンを無視し、ようやく服を着て更に元気になった和子は、ずんずんと廊下を歩いて行く。
ズシッ
「うグッ!」
曲がり角まで来たところで、いきなり角から現れた男に拳で鳩尾を一撃されて、和子はあっけなく気を失っていく。
(…誰…この金髪、メガネ………)
(続くかも)