例の昼飯編
「あのね、今日は喫茶店に行く前に、ワコにプレゼントがあるんだ」
そう言って神帝は、異世界で言うところのティフャニー級の一流宝飾店に、和子をスッタカ引っ張って行く。
「イリアさん、私、宝石、用事はない、」
「ラケットとか、ボールなら、いくらでも、」
と、引っ張られて蹴つまづきながら主張する和子を無視して、イリアはドンドコ店内に入っていく。
ガラスに一点の曇りもない店の入り口で、きれいな店員さんが、普段のいらっしゃいませ~から一転表情を硬直させ、
「これは!!お越しをお待ちしておりました、たたただ今ご用意致しますのでどうぞ奥へ!(○○さん今日出てるわよねすぐ伝えて頂戴!!)さ、こちらへどうぞ」
と、いきなりの神帝あらわる事態にテンパりながらも最速の接客をしてくれる。
「じーっ」
「なに?」
「イリアさん、VIPでもアポなし、よくない」
「連絡は今朝しておいたよ。それより、なんでシロ、からイリアさん、に変わったの」
「そうだか?」
すっとぼけていると、あれよあれよとリカちゃん人形のようなドレッサーに座らされ、巨大な紅石のネックレスにチュをして頬を染めるイリアからネックレスをかけられた。
(まてまてーい!!今のはなんなの!!もお走りたい‼走りたいよ!!嬉しいけど分不相応だし恥ずかしいよー‼!)
うおおおおおああーー‼!と叫びだしたいのを寸前でこらえながら、顔面を充血させて和子はうつむきながらありがと、とお礼を言った。
「綺麗だ。とてもよく似合うよ…」
(シ、シロや…、こういうのは豚に真珠、猫に小判じゃと黄門様も言ってたでしょう…。ほんとに印篭のとこしか見てなかったのね…)
私が金属アレルギーじゃなくてよかったねぇシロや…とか何とか恥ずかし過ぎて一人ごちていると、窓の外からバンバンとガラスを叩く音がする。
「もうっ、誰よアレ!お客さまー、おやめくださーい」
「あれっ、ユーリさん!ね、イリアさん、ユーリさんだよ!おーいユーリさーん!」
「 …なんで今日アイツに見つかっちまうんだよ…」
額に手を当てて困り顔の神帝と、助かったーとばかりにニコニコ顔のお嬢さんを見比べ、店員さんは青ざめながら(明日は有休使おう…)と思った。
・・・・・・・・・・・・・・・
「やー、こんな偶然もたまにはあるもんなんだなーっはっはっ」
ユーリは上機嫌で高笑いしている。
イリアはもちろん仏頂面である。
ここは、イリアやユーリ達が昔根城にしていた店の奥らしい。
イリアは断固拒否したが、『ちびイリアちゃんの写真もあったかなぁ』というユーリの誘惑に和子が勝てるはずもなく、そんなワコにイリアが勝てるはずもないので、結局いまここに来て、思い出の品や話に茶色い花が咲いているのである。
「すごいっしょ、みんな服とかボロくて」
ユーリの説明に頭をふりふりしながら、和子はこの写真が近代館になかったことにやや憤りを感じていた。
神帝の過去は、盛られている。
異世界でも政治のやることはおんなじなんだ。
ちら、と和子はイリアを見た。
イリアは心ここに在らずな横顔で、顎を拳に乗せて何事か思案していた。
(王さまは大変だなぁ…。)
和子は声をかけるのをやめ、またユーリと話そうとしたが、
「あー、オレ小腹すいた。ワコちゃんは?」
と急に言い出したユーリの発言にハッと空腹を自覚し、河岸を変えて3人で遅めのランチといこうという話になった。
店を出る時、リリィという美女がイリアに泣きすがり、原作どおりにイリアは石になり、ユーリは狂喜のカチャーシーを踊り、和子はよくわからなかった。
というか、きょうは分かることと分からないことのまぜこぜで、和子は多少疲れてきていた。
とびきりのランチで上げなくちゃ、シロに申し訳ない。
そんなことを思いながら、3人でユーリおすすめの庶民的なレストランに入った。
「じゃ、イリア兄ちゃん、カウンターで注文シクヨロ」
「…かしこまり」
ギロッとユーリを睨んで、それでもイリアはカウンターに赴く。
すると、間髪入れずに例のギャル子達がユーリに声をかけてきた。
サラリとユーリにフラれたのが面白くなかったのだろう、彼女らはあろうことか和子、いや、『ワコ様』をからかい始めてしまった。
ユーリが止めるのも無視し、知る人が知れば即極刑のおとろしい光景が繰り広げられていた。
いつもの和子なら、心が折れていただろう。
しかし、ランチで復活するはずだった予定を狂わされ、からかわれ、今日ここまで耐えてきた和子はついにブチキレた。
「黙れ」
カトラリーからフォークをとると、一番喋っていたギャルの喉元にいきなり突きつけた。
『ひとが折角、ランチで浮上しようとモヤモヤをガマンしてたのに…私は本来短気なんだよ。言っとくけど先に手を出したのアンタ達だからね』
言うが早いか相手の鼻先にフォークを投げつけ、ダッシュで窓際に走ると、すべてのブラインドを一気に閉めにかかる。
他人の苦情など気にしない。だって、わたしのバックは神帝様だもんねーだ!紅石がちょっちダッシュのジャマだけど!
「ユーリさん、店内の灯りを!」
カンのいいユーリは、すぐさま店の裏に回り、ブレーカーを落とす。
これで店内は、文字が読めない程度には暗くなった。
『ふ、半獣風情が人間様に楯突こうなどと』
和子は山猫に戻っている娘らから難なく帽子を取り返した。
「ユーリさん、灯り、もういいです」
和子は自分でブラインドを上げ、店内のお客や店員に頭を下げた。
「なんなのこの人、暗くても人間なんて、アンタ何者なの?ていうか、バケモノじゃん?顔も奇形のブスだしさ」
娘らの一人が更に負け惜しみを吐いたが、4人が連行されるまでに5分とかからなかった。もちろん、娘の一人の顔面は要手術の状態になっていた。
「奇形のブス、か…」
「ワコちゃん、気にするな!」
「ワコはかわいいよ!ワコはオレの、オレの、」
「あー、うん。…ありがとう。 きょう、ちょっと疲れた、みたい。帰る…?おなか、すかないけど」
そこから、ユーリと別れ、なにか言おうとするのにことばが出ないイリアと、和子は黙々と帰城した。
原作がこの辺でエタってらっしゃるので、この辺にします。残念。