98話 お外で敵を殴りましょう
開いた玄関扉から、思いっきりスリーク伯爵を放り投げる。これでも力は人の範囲内ですもの、せいぜい正門にぶつけるくらいまでしか届きませんわ。
べしょりと正門扉手前の地面にひっくり返った伯爵を拝見しながら、私たちも表に出る。そうして私は、彼に聞こえるように声を張り上げた。
「さあ、スリーク卿。最低でも私を叩き潰さないと、未来はございませんわよ」
「主様叩き潰すには、私も叩き潰さないと駄目だと思いますけどねー」
「俺もですね」
ナジャは楽しそうに私に続き、アルセイム様は苦笑されているのが分かる。あらあら、これではスリーク伯爵に勝ち目はありませんわね。逃げないと良いのですけれど。
「ふ、ふん! 魔龍の力を食ったわしに、敵はない!」
ああ、良かった。逃げずに立ち向かってきてくださるようですわ。それでこそ、殴り甲斐があるというもの。
でも、魔龍の力と言われても、ねえ。
「さっき、レイクーリアに結界ごとぶん殴られておりましたが」
「あ、あれは少々力を出し惜しみしただけだ!」
ほら、アルセイム様からツッコミが入ったではありませんか。それとスリーク伯爵、そういった台詞は負け惜しみだと思うのですが。
というか、本当なら本当で一向に構わないんですけれどね。
「なれば、出し惜しみなぞせずに是非全力でおいでくださいませ。でなくば、かつて戦った魔女同様砂となって散りますわよ?」
「……っ、ふざけるな!」
いえ、まったくふざけておりませんが。ああ、パトラと戦った時、スリーク伯爵はおいでになってませんでしたものねえ。知らないというのは、恥ですわ。
ま、そうおっしゃるのならお待たせしても、仕方がないものね。
「では、参りますわっ!」
「く! 穿て穿て、我が敵を!」
「踊れ踊れ! 我が愛し君を守るために!」
思わず笑顔になりながら、私は走り出した。
背後から、アルセイム様の魔術が追いかけてきてくださる。私の周りを風が舞い、ある種の盾となって魔術をぱしぱしと弾いてくれる。というかスリーク伯爵、詠唱が雑になってませんか。まあいいけれど。
「守れ守れ、この我を!」
「ほらほら、甘いですわよお!」
「なっ!」
ほんと、雑すぎて結界も簡単に割れてしまうわ。慌てて横っ飛びで逃げるだけ、スリーク伯爵はマシなのだけれど。つい地面を穿ってしまいましたけれど、これは後で埋め直しましょう。
「尖れ尖れ、我が敵を穿て!」
「おらああああ!」
石つぶてのようなものが、高速で私に向かってくる。まあこれはアルセイム様が下された風の盾がどんどん弾いてくれるし、ついでに私もメイスで叩き落とせるから余裕よね。
と、横薙ぎにぶん回して一瞬隙ができてしまったわ。スリーク伯爵の詠唱が聞こえた、けれど。
「燃えろ燃えろ、我が敵を焼け!」
「えーい」
今度は炎が雨のように降ってきた。そうして、間の抜けたナジャの声とともにじゅう、じゅうと消えていく。
「へ?」
「何で炎出しますかねー。龍は水の神なのにー」
全力で空気を読まないのが、ナジャなのよね。ご愁傷様、スリーク伯爵。あなたの顔のほうが、先ほどのナジャの声よりもよほど間が抜けているわね。ええ。
「くっ……ならば」
「レイクーリア!」
「遅いですわ!」
再び詠唱しようとするから、思いっきり肩口に一撃を叩き込む。結界なんて、あってもなくても同じようなものよね。それに、アルセイム様が私の名を呼んでくださったし。
「ぎゃひいいいい!」
またも正門の扉に叩きつけられて、もう情けない泣き顔になられた伯爵。あらら、もしかして戦意を喪失されました?
「な、なじぇ、こんなに……」
「何故と言われましても」
何故こんなに、の後にどんな言葉が続くのかは分からないけれど、何にしろ答える義務はないから小さく首を傾げて微笑んでみせる。あら、そこでひいとか悲鳴を上げるのは何故かしら。
「主様、アルセイム様の応援さえあれば龍神だって目じゃないんですよー?」
「俺の応援がなくとも、ナジャは叩きのめされたしな」
あのう、ナジャ、アルセイム様。何となく、スリーク伯爵にとどめ刺してる気がするのですけれど。
それにしても、魔龍から力を吸い取ったにしては弱いですわねえ。あまり吸い取れなかったのかしら。
哀れですわ。