97話 良いからさっさと場所替えよ
とは言え、うっかり大暴れしたらスリークのお屋敷が壊れてしまいそうね。伯爵はもうどうでもいいけれど、ミリア様やカルメア様や使用人たちがかわいそうですわ。
そう思っていたら、クリカ様がおっしゃってくださった。
「屋敷の守りと修復は、わしがやろう。エンドリュース、グランデリア。遠慮なくやってよし」
「ありがとうございます、クリカ様」
「よろしくお願いします」
「無視をしないでくださいますかあ!」
ああ、龍神様にお守りいただけるなら大丈夫ね。よし、アルセイム様と一緒にほっと胸をなでおろす。
ちなみに、叫んでいらっしゃるのはスリーク伯爵。彼の魔術攻撃がひっきりなしに来てるんですけど、何しろ結界3枚もあるので、弾かれる音でばっちんばっちんうるさいだけですわ。
「あと、ナジャっ子はエンドリュースのしもべじゃろ? ほれ、キリキリ行った行った」
「うわーん、分かりましたあ」
あのうクリカ様。手でしっしっとするなんて、まあお気持ちはわかりますけれど。とっとと戦場を変えろ、ということなのでしょうね。いくら結界で守っていても、玄関内に見事に余波が行っていますし。壁にヒビが入ったり、絨毯が破れたりしていますもの。
「スリークの主以外はわしが守っとるでな、行っておいで」
「分かりました。こちらはお願いいたします」
「うむ」
アルセイム様が軽く頭を下げると、クリカ様は満足げに頷いてくださる。よし、ならば後は目の前で駄々っ子みたいに魔術ぶっ放しまくっているスリーク伯爵をお屋敷の外に叩き出して、それから叩きのめすだけね。
「アルセイム様。私が先行致します」
「ああ、頼む。ナジャ」
「もちろんお守りしますから、アルセイム様も追っかけるんですよね?」
「当然だね」
わざわざ言葉に出す意味もない打ち合わせは、一瞬で終了。ほぼ同時に、私は床を蹴った。あ、またスリーク伯爵の身体が光ったわ。
「荒れろ荒れろ、我が敵を狙え!」
「凪げよ凪げよ! 世は事も無し!」
多分風の術だと思うのだけれど、即座にアルセイム様が打ち消してくださったので私に吹いてきたのはそよ風だけね。その間に私は軽くジャンプして、その勢いでメイスを振り下ろす。
「はあっ!」
「守れ守れ! 我を!」
がっ、と音がして、メイスが結界に受け止められた。ああもう、魔龍の力のせいか結構固いわね、これ。何度も殴るけれど、なかなか割れないわ。
「ははは、龍女王様のお力も魔龍には敵いませんかな!」
「はあ? おふざけ遊ばせ」
楽しそうに、スリーク伯爵は笑う。そうね、もしかしたら龍女王様のお力では敵わないかもしれないわね。何しろ、ある意味このお力は借り物ですもの。
なれば、借りたものではない力であれば。ねえ、アルセイム様。
「愛の力なら敵いますわよ! おうらあ!」
「ぎゃっ!」
ああもう。アルセイム様のお名前を胸の中で呟いただけで、私の力は何倍にも上がるということが証明されたわね。あっさり結界は砕けて、ついでにその下のスリーク伯爵の腰も砕けたわ。物理的に、ではないけれど。
「け、結界を砕く、とは」
「ですから、愛の力ですわ!」
お顔を引きつらせるスリーク伯爵を、面倒くさいので襟首掴んで持ち上げた。そのまま玄関扉まで歩いていくと、ナジャがそそくさと開けてくれたわ。アルセイム様を、結界でお守りしながら。
「いやほんと、大真面目に主様とアルセイム様の愛の力、シャレになってませんから」
「何を今更、当たり前のことを言ってるんだナジャは」
「な、ななな」
このままぼこぼこにぶん殴ってもよろしいのですけれど、お相手様にもプライドというかいろいろなものがあるはず。ですから、今はお屋敷の外に放り出すためだけに掴んでいるのよね。
「さあ、お外で仕切り直しをしましょうか。スリーク卿」
「え」
あらら、なんてお顔をしていらっしゃるの? 場所を変えて第2戦、と行こうとしているだけじゃないですか。
「この私、エンドリュースのレイクーリアに全力を出させてくださいな」
仮にも魔龍とやらの力を得たのなら、そのくらいのことはできるはずですわよね? 魔女殿。