96話 お互いに空気を読まず
「やれやれ。こうなっては、わしも出んといかんのう」
「クリカ様」
あら、隠れておられたままで良かったのに。いえ、邪魔とかそういう意味ではなくて、クリカ様はここの龍神様でいらっしゃるから。貴方様に何かあったら、スリーク伯爵領の民に災いが起こるかもしれないもの。
それはともかく、進み出てこられたクリカ様を見てスリーク伯爵が、目を細められた。
「監視役の役にも立てんかったからの。せめて、少しは力にならんとな」
「おや、我が領地の龍神様でいらっしゃいますか。これはいい」
「む」
どう『いい』のかしら、伯爵様。ああまあ、龍神様のお力が欲しいんだから都合がいい、んでしょうか。ほら、舌なめずりしていらっしゃるし。
「出かけておりましたのは、魔龍を我が手にするため。テンポウに道案内をさせ、魔龍から少々力をいただきまして、戻ってまいりました」
「わざわざ力を得て戻ってきたのは、何のためですかしら」
「龍神様を我が手にするためには、このくらいの力がなければなりませぬからなあ」
ええと。つまり、龍神様に対抗する力を得るためにわざわざ魔龍を叩き起こしてそこから力をぶんどって戻ってきた、と。あらいやだ、なんて面倒なやり方なのかしら。
「その魔龍を従えて挑もうとは、思わなんだのかな? スリークの当主よ」
「そこまでは、力を吸えませなんだ。魔龍とて、完全に目覚めたわけではありませんからなあ」
「もしかして、完全に封印を解いたら暴れて手がつけられなくなるとか、そういうことですか?」
「うっ」
アルセイム様の、ご本人は単純な疑問であろうツッコミにスリーク伯爵が一歩引かれた。ああ、そうなんだ……と遠い目になってしまったわ。要するに、スリーク伯爵はまだまだ力不足なわけですわね。
ならば、今殴り倒せば話は早い。
「それならば、もっとお力を付けられる前に倒してしまいますわよ。スリーク卿」
「やってみなされ、レイクーリア嬢!」
「主様!」
ナジャの警告とほぼ同時に、スリーク伯爵の全身が淡く光った。魔術を放ってくる気ですわね? 戦える魔術だと良いのですけれど、と思いながらメイスを構える。
「縛れ縛れ、我に仇なす者!」
「守れ守れ、正しき人を!」
「守れ守れ、我が愛し人を!」
「主様に何すんのー!」
スリーク伯爵の詠唱とともに、床が割れてそこから赤い蔓のようなものが大量に吹き出してきた。数本は足元から出てきたからメイスと靴で潰したけれど、その他のほぼ全ては私と他の皆の周りに張られた結界によってバチバチと消えてなくなる。
……ところで、今結界3枚ほど見えた気がしますけれど。アルセイム様の結界は分かるとして、あとはナジャとクリカ様? ああ、ありがたいことだわ。
「おお、さすがは龍神様とアルセイム殿。それでこそ、食らい甲斐がございますな!」
「あらいやですわ。私たちを食らったら、腹が破裂しますわよ?」
自分の術を破られたというのに楽しそうな伯爵に、せっかくだから笑顔で答えてみましょう。どうせ、殴れば私のほうが強いもの。
そして、睨み合っている私たちの背後では。
「結界展開で、のろけおってからに」
「これが一番、力が出るんです」
「ま、良いことじゃ」
「アルセイム様、主様とはもう相思相愛ですからー」
「……お三方、背後で何おっしゃってるのかしら……」
「結界は予測できましたが、3重とはね」
何故かクリカ様とアルセイム様、それにナジャが空気を全く読まない会話をしておられた。あのう、確かにアルセイム様の結界にはやたら力が入っていたのがわかりますけれど、うふ。
それからスリーク伯爵、あなたも空気を読まずに口を挟んで来ないでくれますか?
「まあ、アルセイム殿とレイクーリア嬢は婚約者同士であるからなあ。一緒に力を喰らわれて、わたしのために龍の血の濃い子を存分に作っていただこう」
「結局そこにたどり着くんだな、魔女は」
「アルセイム様のお子は存分に生む気ですけれど、魔女に食らわせる気は全くありませんでしてよ?」
本当に、パトラもだけれど自分の餌を増やすことしか考えられなくなっているのですわね、魔女って。
良うございます。背後で昏倒してるっぽいカルメア様には悪いですが、潰させてもらうしかありませんわ。