85話 相手が出てくる前に
好きにしろ、と言われればするのがこの私、とアルセイム様である。もっとも、情報が入らないと動けないのだけれどね。
まあ、そういうわけでトレイスをお借りして、連日訓練を重ねておりますわ。
「はあっ!」
「ふっ!」
トレイスは木の剣で、私は愛用のメイスでお互いを狙う。彼の動きはなかなか素早くて、何とか追いつくので精一杯だわ。
でも、一撃入れられたら私はかなり有利になるの。……多分、力は私のほうが上、みたいね。何しろ、今メイスを横に思いっきり振ったら、トレイスってば受け止めた剣ごとはね飛んだもの。それでも、宙返りしてうまく着地したのだからすごいわね。
「主様ーがんばれー!」
「トレイス、負けるな!」
対戦しているのが私とトレイスなので、まあ当然と言うかナジャと、それからアルセイム様もいらしている。でも、どういうわけかアルセイム様は、トレイスの応援ばかりなさってるのよねえ。
ナジャも同じことは考えているようで、アルセイム様に尋ねているのが視界の端に見えた。
「何でアルセイム様、主様を応援なさらないんですかあ?」
それでついつい力を込めてトレイスを殴ろうとするのだけれど、うまく急所を外すようにかわされているわね。力では勝てても、技では勝てないみたい。ああもう、力ずくでこの剣のバリアっぽいもの潰せないのかしら。
「だって」
あ、アルセイム様がお答えを出そうとなさってる。ええいトレイス、さっさとその剣の動かし方をちょっとだけ間違ってくださらないかしら。そうしたら、肩に一撃を入れて終わらせるのにい。
「レイクーリアに僕の応援が加わったら、それこそ無敵じゃないか」
「あー。確かに、そうなるとトレイスに勝ち目ないですねー」
「うぐ」
「よし!」
アルセイム様のお答えと、それに対するナジャの台詞に一瞬トレイスが怯んだわ。そこを狙って、思い切り靴の底で蹴りを入れた。ええ、誰もメイスでだけ攻撃するなんて言ってないもの。
「ぐわっ!」
「あ、主様蹴っちゃったし」
「トレイス、大丈夫か?」
思わず地面削るくらいの勢いで吹き飛ばしてしまったから、見物していた2人が慌てて駆け寄った。さすがの私も、ちょっとだけ顔色が変わっている気がする。
「な、何とか」
「……癒せ癒せ、友の身体」
わあ、アルセイム様に癒やしの術を使わせてしまったわ。なんてこと、いくら何でも力を入れすぎでしょう、私。
「ごめんなさい、トレイス。つい、力が入ってしまって」
「いえ、大丈夫です。外からの言葉で気を揺らがせた、自分が悪いのですから」
思わず謝ると、トレイスはそんな言葉を返してくれた。ああ、でも私もその言葉は気にしていたのだから、人のことを責めることはできないのよね。
「いや、外から変なことを言っていて悪かったな」
「というかー、主様応援しないアルセイム様がおかしいんですよー」
「……否定はしませんが」
ってアルセイム様、ナジャ、トレイス。あなたがた、一体何をおっしゃっているのかしら。第一、アルセイム様が私を応援してくれていなくとも、分かっているのに。
「そうでなくても、アルセイム様が見てくださっているだけで私は無敵なのですけれど」
「そうだと思いました」
「すまない、レイクーリア。僕が君の名前を呼んだら、君に勝てる相手は多分いなくなるからね」
「はい、分かっておりますわ。もちろんです」
何故かため息をつくナジャはほうっておいてもいいでしょう。それはそれとして、アルセイム様。あなたのお言葉は、全く間違ってはおりませんから謝る必要もございませんのよ。
魔女だろうが魔龍だろうが、アルセイム様の応援を頂いたこのレイクーリアに敵う相手ではないのですから。