84話 殴っていいなら全力で
「魔女、でございますか」
山の長様が、どこか納得されたようなお顔で頷いてくださった。それをきっかけに、皆の視線は少し外された。ああ、何故か緊張してしまったわ。
「龍王様より、その者の話を伺ったことはございます。しかし、古き時代に滅んだと聞き及んでおりましたが」
「それが、少し前に1人現れてな。幸い、レイクーリア嬢の力で再び滅ぼされたんだが」
長様の言葉に、クロード様がお答えになる。……さすがに、グランデリア家に入り込まれていたとかそういう話はなさらないのね。出さなくても話は通じるし、少しでも隙を作りたくないもの。
「なるほど。1人が生きておったのであれば、他にも生き延びておる可能性はあると」
「ああ、そういうことだ」
そうして、長様はクロード様のお話にも頷かれる。確かに、1人だけ生きていたとは考えにくいわね。あの時は大変で、それどころじゃなかったからあまり考えなかったけれど。
クロード様のお言葉は、そこからちょっととんでもない方向に向かわれた。
「魔龍も龍神様だろう? ならば、魔龍の力を手に入れようとして魔女が動いてもおかしくはない。そのためには、魔龍を叩き起こすこともいとわんさ」
「確かに、そうでございますな」
え、長様もそれでよろしいの? いえ、だって魔龍、ですよね。ナジャの何十倍も酷いことをしてしまう、それでも龍神様ですよね。
その魔龍の力を、魔女が手に入れるって。そんなことになったら、世界は終わりませんかまずくないですか。
あわあわあわ。さ、さすがに言葉を挟めませんわ。
「ひとまず。魔龍に関しては、俺から王家の方に報告を入れておく。長殿の話からして、魔龍を起こそうとしてる連中が王家に攻撃を仕掛けてくる可能性は高いからな」
その私の前でクロード様は、さっさとすべきことをお決めになっていた。さすがは公爵閣下、こうでなければならないのね。アルセイム様も、そうなっていただけるとレイクーリアは嬉しいのですけれど。
「長殿は引き続き、監視を頼む。それと、もし逃げたやつの行き先に関して手がかりがあれば」
「無論、急ぎ報告は入れまする」
長様も、山の民を率いておられるだけあって決断はお早い。クロード様のお言葉に頷かれて、満足そうに目を細められた。
「叔父上。我々は、どうすればよろしいでしょうか」
と、アルセイム様が不意にお声を上げられた。……まあ、確かにこの場に同席を許されたのであれば、その事態にどうにかして当たりたいと思うのは不思議ではないわよね。
さて、クロード様のお答えはというと。
「お前らは好きにしろ」
……で、あった。
「は」
「え」
「いやまあ、これはちと省略しすぎか」
さすがにアルセイム様も、そして私もぽかんと口を開きかけたところで、クロード様は苦笑を浮かべつつ髪の毛をかき回される。省略しすぎって、一体どんなお言葉を省かれたのでしょうね。
「ただ、正直なところ魔龍だの魔女だのなんて連中が相手になるとな。レイクーリアの龍女王様から授かったメイスの力と、アルセイムの癒やしの力は必要になるはずだ」
続けておっしゃったクロード様のお顔を見返すと、先ほどの苦笑は一瞬だけだったのか真剣な表情になっておられる。鋭い眼差しで私と、そしてアルセイム様を見据えながらクロード様は、なおも言葉を続けられた。
「でまあ見たところ、お前さんたちを引き離すことは……おいレイクーリア、そんな目で見るな。絶対しねえから」
「ご理解いただけて何よりですわ、公爵閣下」
あらいやだ、仮にも公爵閣下をどんな目で拝見していたのかしら、私。少なくとも、アルセイム様からは離れたくありませんわという無言の主張をしてはいたと思うのですが。
「俺もいやですからね、叔父上」
「だろ」
アルセイム様も、同じようにクロード様を拝見していたらしい。2人揃って失礼いたしました、と心の中だけで謝っておきましょう。
「アルセイムにしても、多分レイクーリアを癒やすのが一番全力を出せるだろ。なら、俺が何か言うこともないさ」
そんな私たちに対してクロード様は、そういったお言葉だけで済ませてくださった。それからクロード様の視線は、私たちを通り越してその背後に移る。
「アルセイムにはトレイスが、レイクーリアにはナジャがいるしな。情報はお前たちに伝えるようにするから、しっかり伝えろ」
「承知いたしました」
「分かりましたあ。全力を尽くしますね」
そうおっしゃったクロード様に、トレイスとナジャが揃って頭を下げた、らしい。ナジャ、ちゃんと侍女らしくできるのねと今更ながらに感心するわ。身内の中では基本、空気読まないもの。
そんなことを考えながらふとアルセイム様に視線を移すと、彼も私を見てくださっていた。ああ、顔がほころんでしょうがないわね。だって、アルセイム様がお優しい目で私を見てくださっているんだもの。
「レイクーリア」
「お任せくださいませ、アルセイム様。相手が魔龍だろうが魔女だろうが、叩き潰して差し上げますわ」
「ああ。頼りにしているよ」
まあ、笑ってくださった。そうよ、この笑顔だけで私は、本当に魔龍だろうが魔女だろうが叩き潰すことができるんだから。
……ところで、また視線が集中している気がするのだけれど、気のせいかしら?