80話 秋は鍛錬の季節よね
グランデリアのお屋敷にやってきてから数ヶ月、季節は実りの秋を迎えている。
今は民が一番忙しい時期でもあるし、面倒なことは冬を越えて春になってからにしような、とクロード様はおっしゃっている。まあ、つまりアルセイム様と私のお式のことなのだけれど。
私としても、それは賛成だ。確かに春にも収穫はあるだろうけれど、秋がとにかく忙しいのだということはよく知っている。これからやってくる寒い冬に、備えなければならないからだ。
かと言って暑い夏にお式、ということになるとこれはこれで大変よね。お料理が傷むかもしれないし、虫が寄ってきたら大変よ。
とまあ、そういうことで来年の春、早めに式を執り行なおうということに話は付いている。これは、エンドリュースの家ともだそうだ。まあ、お父様はともかくお兄様、寒いの苦手だし良いんじゃないかしら。
「はあっ!」
「はっ!」
それで、というわけではないのだけれど、アルセイム様はここ最近剣の鍛錬に力を入れておられる。トレイスを相手に剣を振っておられる姿はもう、何というか物語の中から抜け出してきたようで麗しい。
……私がお相手できないのはちょっと悲しいけれどね。いえ、その、実力が離れすぎててというか私、うっかりすると本気で叩き潰しかねないというか、はい。
まあ、おかげでアルセイム様の鍛錬をじっくり拝見できるのは嬉しいのだけれど。
「ここまでにしましょう、アルセイム様」
「……ああ」
ひとしきり終えたところで、トレイスがそう声を上げた。頷いたアルセイム様は肩で息をされているのだけれど、トレイス自身はけろっとしていて。
ナジャとともに大急ぎでタオルをお持ちすると、アルセイム様は「ありがとう」と微笑んでくださった。そうして汗を拭きながら、肩を落とされる。
「まいったな……いつまでたっても、レイクーリアは愚か、お前にも勝てないんだもの、なあ」
「これでも、アルセイム様の侍従として護衛として鍛えておりますので」
対してトレイスは、平然と答える。そうね、いつでもアルセイム様のそばにいるあなたは侍従であり護衛なのだから、主であるアルセイム様より強くて当然なのよね。
というか普通、貴族の当主とか家族ってそれほど強い方は多くない、と聞いているわ。私みたいな例外は、ともかくとして。
それにアルセイム様は、私とは違う力をお持ちですもの。
「アルセイム様には、レイクーリア様や私にはない癒やしの力がございます。それを誇りとなさっていただきたいものですが」
「そうですわ、アルセイム様」
正直に申し上げると、アルセイム様は剣を持つ必要など全くない、と私は思っている。だって、私とナジャがいるんですもの。アルセイム様が敵と直接戦われることなど、まずあり得ませんから。
それに、今トレイスも言った通り、アルセイム様にはアルセイム様ならではの力があるのだから。
「私もトレイスも人を傷つけることしかできませんけれど、アルセイム様はその傷を癒やすことができるのですから」
「ありがとう、レイクーリア」
ああもう、だからその笑顔は反則なのですわ。私、何も反論できなくなってしまうではありませんか。
顔が熱くなってしまったわ、と思っていたらナジャに「はい、主様」といい笑顔で予備のタオルを渡されてしまった。は、恥ずかしい。
「だが、仮にも公爵家の当主となる身だからね。いくら何でも、少しは剣術も覚えておかないと恥をかくかもしれないだろう」
一方アルセイム様ご自身はやっと息の方も整われたようで、ほんの僅か真剣なお顔になられてぐっと拳を握られた。ああ、そんなことなさらなくても私がいますのに、とついその拳に自分の手を重ねてしまう。
「私はアルセイム様の剣であり、拳でありますわ。ご安心なさってくださいませ」
「そうですよう。それに、私もいるんですからね?」
「ああ。ナジャも、ありがとう」
ちょっとナジャ、そこでしれっと混じってこないでよ。あなたはあくまでも私の侍女、でしょうが。アルセイム様はお優しい方だから、笑ってくださるだけで済むのだけれど。
それとトレイス、無表情のふりをしても肩が震えていることくらい分かるんですからね? 気づいて視線をそらしても無駄、ですからね覚えてらっしゃい。