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男爵令嬢レイクーリアがんばる  作者: 山吹弓美
零 私と龍と龍の娘
79/118

79話 お母様とナジャと、私と

「へえ」

「まあ」


 村のことはお兄様におまかせして、私はナジャを連れてエンドリュースのお屋敷に帰参した。先に兵士に手紙を持たせて帰らせておいたので、お父様もお母様もナジャのことはご存知のはずで。

 そうして玄関まで迎えに出てきてくださったお2人が、ナジャをひと目見て上げられたのが今の声だった。


「こ、こんにちはー」

「いらっしゃい。レイクーリアの手紙を見たよ」


 あら。ナジャ、何だか緊張しているみたいね。人の姿で人と相対するのがほとんど初めてだから、かしら。

 対してお父様とお母様は、とても楽しそうなお顔をされていて。


「君が龍神様、なんだね」

「は、はい」

「かーわいーいー!」

「わ!」


 お父様が普通に話しかけたところで、お母様がぎゅむりと無造作にナジャに抱きつかれた。ナジャはと言うと、目を白黒させながら両手ばたばた。……まあ、人に抱きつかれるなんて経験ないでしょうし。

 というかお母様、全力で抱きしめて頬ずりとか髪の毛なでたりとか、私もお兄様も幼い頃にはよくやっていただきましたけれどねえ。


「お母様?」

「メルティア? 君、そんな趣味あったっけ?」


 私と、それからお父様が恐る恐る声をかけるとお母様は、満面の笑みを浮かべてお答えになった。


「だってだって、龍神様がこんなに愛らしい人型なんですのよ! これなら、一緒に鍛錬もできますわ!」

「ああ、そっち……」


 やっぱりか。

 おそらく私だけでなくお父様も、それから周囲で見ている兵士や使用人たちも同じことを考えたに違いない。さすがはエンドリュースに嫁いでこられたお母様である、うん。

 とは言えお母様は、まだまだお身体が良くなっていないはず。お父様もそれを案じられたのか、おずおずとお言葉を掛けられる。


「良かったね、メルティア。一緒に鍛錬したいなら、元気になるんだよ?」

「もちろんですわ、旦那様!」


 お母様、ナジャを放されたほうがよろしいのではないかしら。いえ、一応龍神様だし窒息とかなさらない、と思うんだけれど。

 でまあ、そのナジャ本人はお母様の腕の中から困ったように、私を見つめてきた。


「……あ、あの、主様?」

「私のお母様なんだから、あきらめてね」

「わあ」


 私のお母様、という一点でナジャも納得してくれたようね。ええ、何しろあなたを殴り飛ばしたこの私の、お母様なのだから。




 でも、そんなお母様も、病という敵には勝てなかった。我が家からメルティア・エンドリュースという人がいなくなったのは、ナジャが屋敷に来てから1年ほど後のことになる。


「……人って、すぐいなくなるんですね」

「そうね」


 お母様の葬儀を終えて屋敷に戻る馬車の中で、ナジャはぽつりとそう言った。お屋敷でナジャは、お母様からとても良くしていただいていたから。……軽い鍛錬も含めて。

 先ほどから、ちらちらとナジャがこちらに視線を向けているのが分かる。ああもう、用事があるなら私をお呼びなさいな。


「……主様」

「なあに?」


 思った通りに呼んでくれたので、ちゃんと返事をする。それからナジャに視線を向けると、何だか困ったような顔をしていたわ。


「私が奥様と初めてお会いしたときのこと、覚えてらっしゃいますか」

「ええ、覚えているわ」


 忘れるわけ、ないじゃないの。あれだけしっかりナジャに抱きついて、ひたすらかわいがっていらしたお母様の姿を。

 それを思い出していた私に、ナジャは意図的に声を落としながら言ってきた。


「あの時ね。奥様、私にこっそりおっしゃったんです。わたしはもうすぐいなくなるから、レイクーリアをよろしくねって」

「え」


 あの時。

 ナジャを可愛がりながら、お母様はこっそりと彼女にそんなことを、おっしゃっていたのか。

 もう、ご自身がそう長くはないのだと理解していらして。

 それでも、1年は保ったのだけれど。


「奥様にもそう言われちゃったし、怒られちゃうのは嫌だから私、主様のことは最後まできっちり見届けますね」


 言い方はアレだけれど、ナジャは何となく涙をこらえているように、私には見える。龍神様が泣くのかどうか、それは知らないんだけれど。

 でも、私のことを見ていてくれるのならそれはつまり、彼女は私から離れないということだから。


「とことんまで見届けてちょうだいね。ナジャ」

「お任せください、主様」


 だから、もう一度きちんと約束をした。龍女王様の命でもお母様のお願いでもなく、お互いの約束を。

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