78話 龍の娘の主様に
『ナジャ。人の世を深く知るには、人の姿となり人の中で暮らすのが一番良いことです』
御息女の身の振り方が決まって安心されたのか、龍女王様はナジャ様……じゃないわ、ナジャに落ち着いて言葉を掛けられた。
『レイクーリアの側において人を見、人と話し、よく学びなさい』
『はい……』
対するナジャはというと、すっかりしょげているのが分かる。いえ、あのお髭がへろんと地面についちゃってますもの。引っ張って悪かったわ、と思う。
『あの、母様。人の姿でずっといなくちゃいけませんか?』
『よほど必要な時以外は、そうですね』
おずおずと尋ねたナジャに、そうきっぱりおっしゃる龍女王様。えーと、よほど必要なときってどんなときかしら、なんて考えている私に一瞬だけ、龍女王様の視線が来た気がする。
『龍の姿になる時は、レイクーリアの許しを得なければなりません。そうそう、そのような事態にはならないでしょうが』
「いいんですか?」
え、そんな重大な決定を任されて良いのかしら。いえ、一応彼女を侍女にするわけだからそれが当然、といえば当然なのだけれど。
それに、ナジャを龍の姿、つまり今の姿にするということはその、とんでもない事態になったりするということよね。……なければいいけれど、でも。
『貴族の娘ということは今後、いろいろと面倒事が起きるかも知れませんからね。万が一の時に、使ってやってくださいな』
「……はあ」
まあ、おとなしく頷くしかないわね、ここは。本当に必要になった時、そういう最終手段があるというのは安心できるというか。
『そうそう、それと』
「わ」
『ナジャの主となる意味でも、わたくしの守護の力をあなたに差し上げましょう』
龍女王様でも、手をぽんとされるのですね。猛禽の足のような両手ですけれど、可愛らしいので良しとしましょう。
そうではなくて、そのぽんとされた手からふわりと光が浮かび上がった。その光は私がぶら下げているメイスに吸い込まれていって……まあ、姿形が変わったわ。
1本の木から切り出して作られたメイスの頭部に、石のようなものが埋め込まれている。全体的にも形が整って、持つところも滑りにくいように細工が施されて。
『そのメイスにはわたくしの力を付与しております故、わたくしが滅ぶまで壊れることはありません。あなたと、そしてナジャ以外の者が触れればその者には天罰が下りましょう』
「は、はい」
何かとんでもないことになってしまった。私が。
軽く振ってみたのだけれど、重心の位置もちゃんと計算されたようにちょうどいい場所にあるようね。重さも程々にあるから、存分に敵を殴れるわ。
龍女王様、素敵なメイスをありがとうございます。これでエンドリュースの娘として、私は存分に戦えるわ。ええ、アルセイム様、お喜びくださいませ。
『レイクーリア。できの悪い娘ですが、ナジャを頼みましたよ。龍の娘は必ずや、あなたの力となり得ますから』
「ありがとうございます、龍女王様」
「が、がんばります……」
最後に深々と頭を下げてくださって、そこから龍女王様はふわりと空に浮かび上がられた。上空を一周、二周と回って、ゆったりと飛んでいかれる。ああ、もう一度おやすみになるのね。
……と、今の声ナジャよね、と思って振り返った。そこにいたのは龍女王様と比べると小さかった龍神様……ではなく、どこからどう見てもメイドスタイルの少女、だった。青みがかったふわふわした髪が、何だかさわり心地が良さそう。
「ええと……ナジャ、よね?」
「はい。これから、主様のところでお世話になります」
あ、ナジャで良いのね本当に。彼女はある意味開き直ったように、深く頭を下げてきた。
ぬしさま、か。龍神様を侍女にして、私はどちらの方向に行くのかしらね。
「よろしくお願いします、主様」
「ええ。よろしくお願いされるわ、ナジャ」
それはともかくとして、まずはお互いに挨拶を交わした。何だ、あなたも人のこと、ちゃんと分かっているじゃないの。