70話 どうしてメイスなの?
私がメイスを振るたびに、木でできた的がばしばしと弾け割れていく。どうも中心からずれるから、まだ狙いにブレがあるのかもしれないわね。
「お嬢様」
メイドの1人が声をかけてくれたのは、的を20個ほども破壊したところだったわ。振り返った私に、タオルを手渡してくれる。
「調子はいかがですか?」
「ええ、今日も好調ね。ただ、まだ少しブレがあるかしら」
汗を拭きながらメイドの問いに答えた私に、彼女は「それはいけませんね」と眉をひそめた。
確かに、ブレがあるということは敵を殴った時にピタリと急所を捉えられないってことだものね。そんなヘマを実戦でやらかして、アルセイム様の御身に危険が迫ってしまっては私の名がすたるわ。
「ブレを無くすには、下半身を安定させるのがよろしいでしょう。ひとまず、足腰を鍛えればよろしいのでは」
「なるほど」
メイドの言うとおりね。足元をしっかりさせれば、きっとブレは少なくなるわ。ということは、走り込みをすれば良いのかしらと考えた。
考えて、ふと手に持っている粗末なメイスに気づく。自分で森に入って丈夫そうな木を選び、さすがに自力では木を倒せなかったので職人にお願いして造ってもらったものだ。
「ところで」
そのメイスをぶんと軽く振り回してから、私は一度誰かに聞いてみたかった疑問を口にした。多分、彼女なら分かるのではないかしらと思って。
「私はどうして剣を振り回してはいけないのかしら? 兵士たちと同じように、剣で戦ってもいいじゃないの」
そうなのよねえ。
お母様は私に、武器として剣ではなくメイスを使いなさいとおっしゃった。ここまで来るともう慣れてしまっているのだけれど、それでもせっかくなら兵士やお兄様みたいに剣をかっこよく振るって戦ってみたいじゃない?
「それは簡単ですわ、お嬢様」
そうしてメイドは、私の期待に答えてくれた。あっさりと、とっても分かりやすい解答を教えてくれたもの。
「お嬢様のお力にかかると、剣の方が保ちませんから」
「あう」
あはは、と顔を引きつらせて笑うしかないわね、これは。
メイスを造るために森に入って木を選んだのは、そこらにある木を使って造ったものは簡単にぽきぽきと折れたから、なのよねえ。剣は金属を使うし大丈夫かしらって思ったのだけど、早々変わるものではないのかしら。
「もちろん、武器職人に依頼して上質の物を造っていただければその限りではないでしょうが……その場合はおそらく、刃こぼれが頻繁に起きることになるかと」
メイドの説明に、私はふむふむと聞き入る。ああそうか、刃こぼれが起きたら剣は剣の意味をなくすわね。そうしたら……殴るしかないわ、それじゃあメイスと一緒ね。
「ですからお嬢様には、刃の付いたものではない方が向いておられるのではないか。というのが、奥様のお考えでございます」
「うぐ」
納得したわ。というか、お母様……さすがに先見の明があるわ、エンドリュース男爵夫人メルティアですものね。
剣よりメイス。それが私には一番使える武器ということならば、私はメイスを極めるしかないということね。
「まあ、確かにメイスは使いやすいし」
「刃がなくとも、急所さえ捉えれば確実に敵を屠れますからね」
「ええ。アルセイム様の敵は私の敵だもの」
あら、どうしてメイドはくすくす笑っているのかしら。だって私は、ゆくゆくはアルセイム様の妻になるんだもの。だったら、お父様の敵をぶっ飛ばしたお母様と同じように、アルセイム様の敵を存分にぶっ飛ばすべきじゃないかしら?
メイスの鍛錬だって、結局はアルセイム様のためですもの。頑張るわ、一撃でこのメイスを生み出したような木もぶっ倒せるように。