69話 愛とはきっと鍛えること
「行ってらっしゃいませ。お気をつけて」
「万が一、危険な獣でも出たらすぐに民を避難させるのですよ」
「分かっております。では、行ってきます」
「坊ちゃま、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
頭を深く下げて、お兄様は出立された。お父様は別のお仕事で早く出られたようで、お見送りをしたのは私とお母様、それからメイド長である。ああ、お父様にはメイド長の直弟子がついているから大丈夫よ、うん。
「……奥様。早めにお休みになられたほうがよろしいかと」
「そうね。本当なら、訓練のひとつもしておきたいのだけれど」
「それは私にお任せくださいませ、お母様」
メイド長の進言に、お母様はおとなしく頷かれる。そもそもお身体が悪くなければ、メイド長もそんなことは言ってこないのだけどね。
私がどんと胸を叩いたのにお母様は、少し嬉しそうに微笑まれた。
「ええ。レイクーリア、あなたに任せるわ。エンドリュースの女として、恥ずかしくないように」
「はい、もちろん」
それはそうよ。エンドリュース家の娘として恥ずかしいことになったら私、アルセイム様のところに嫁げないかもしれないもの。
この前お会いしたアルセイム様はとてもきらきらされていて、私をまっすぐに見つめられて「レイクーリアは強くて可愛らしくて、素敵だね」って褒めてくださったのよ。強くて、が最初。ここ、とても重要よね。
だから、私はもっと強くなる。エンドリュースの血を引く娘として、アルセイム様の婚約者として恥ずかしくないレベルに強くなるんだ。
そのためにはまず、毎日の鍛錬から。ということで私は、庭で鍛錬をすることにした。ここから降りて屋敷の裏に回れば、そこが私の鍛錬場なのよね。
「お嬢様、どちらへ」
お母様を専属の配下に任せていたメイド長に、そう問われた。私は振り返って、しっかりと答える。
「鍛錬をしてまいりますわ。もしお兄様と兵士たちに何かあったら、私の出番かもしれませんから」
「お嬢様が出ずとも、我らが参りますよ。お嬢様には、グランデリア公爵家のアルセイム様がお待ちなんですから」
確かに、メイド長の言うとおりかもね。今のところきっと、メイド長は私より強いし。あ、全盛期のお母様よりは少し劣るそうだけど。
でも、メイド長を出すのは最終手段だわ。だから私は、彼女が反論できないように理由をつけることにする。
「メイド長。あなたたちの任務は何かしら? エンドリュース家当主たるお父様をお守りすることでしょう?」
「は、はいっ」
途端に、びしりと姿勢を正すメイド長。私の言葉が彼女をそうさせることができるようになって、まだそんなに日が経っていない。まだまだ私は、子供なのでしょうね。でも、言うべきことは言わないと。
「アルセイム様も、私の強さを認めてくださっているの。だから、殴れる敵が出てきたなら私が出たほうが、民もエンドリュースを認めてくれますわ。それが領主の娘として、当然の行いだと思います」
まあ、アルセイム様以外の理由は後付けね。いいじゃない、どっちにしろ私は強くなるつもりなんだから。
大体、お父様にはそこまでの戦力は期待できないもの。もちろん兵士たちもちゃんと訓練はしているし、それなりに軍として遜色のない働きをしてくれることは分かっているわ。
けれど、相手がとんでもない魔物だったり巨大な獣だったりする場合。その相手は正直言って私の方がふさわしい、と思う。お母様がお元気ならば出ていただくのでしょうけれど、これはもう仕方のないことだわ。
私の方がふさわしい理由といえば、これはもう兵士数十人より私1人の方が的は小さいし、動きも早いし、それでいて攻撃力はあんまり変わらないからね。
「……承知いたしました。お嬢様も、お気をつけ遊ばせ」
とまあ私の思惑は遠くに置いておいて。メイド長は納得してくれたみたいで、素直に頭を下げてくれた。
「分かっているわ。それに、あなたたちにまで出陣の機会があったらそれはもう、他所との戦になってしまうでしょうから」
エンドリュース家メイド部隊、またの名を領主護衛部隊。多分、そこらの領主が抱えている軍の中でも1、2を争う戦力でしょうね。
昔からそうだったらしいのですけれど、今の部隊はお母様によって鍛え上げられた精鋭部隊になってしまっていて。なので、彼女たちが出陣する時はそう、本気の戦になってしまうと近隣でも噂になってしまっていて。
それもあって、まだ子供な私が出陣したほうが平和に事を収められるのよね。ああ、頑張って強くなるわ。そうして、グランデリア家から私が出たら本気の戦になる、なんてレベルになってアルセイム様をがっつりお守りするの。