68話 それは単純な始まり方
ウォルターお兄様が、家の兵士たちを連れて領地の調査に出る。
私がそれを聞いたのは、もぐもぐと朝食をお腹に収めているときのことだった。
「お兄様が調査、ですの?」
「うん。丘の村近くで大水が出てね」
「大水ですか。珍しいですわね」
そう。
何しろこの国は龍神様のお恵みで栄えているようなもので、その龍神様は水の神様だ。神様が直接で管轄しているのに、大水が出るなんてわりと珍しいことなの。
昔は、数年に1回は大水が出たらしいわ。でもそれは、川に沿った田畑に山や森からの恵みを行き渡らせるため。今ではいろんなものを原料に作られた肥やしを田畑に入れるから、大水は出なくても特に問題はなくなったの。
そういったことは龍神様の祠にご報告に上がると、それからきちんと対処してくださるのよね。さすがは龍神様だわ、ええ。
「そうなんだ。それで川の調査をして、例えば水の量が増えてたりするんなら対処しないといけないから」
「いくら水の問題でもさ、龍女王様にばかりおすがりしているわけにも行かないだろう? こちらでちゃんとやることをやる必要があるなら、そうしないとね」
「確かにそうですわね」
お父様、それから当のお兄様のお話を聞いて頷く。そうね、何でもかんでも龍神様にお願いするわけにはいかないわね。そんなことをしていたら、人間がどうしているのかってことになってしまうもの。
「でも旦那様、ウォルターを調査に出すんですの?」
ゆっくりとお食事をなさっていたお母様が、不思議そうにお尋ねになる。このところお母様はお身体の調子が優れなくて、今朝は久しぶりに一緒に朝食を取れたところだったのよね。
「僕は忙しいし、ウォルターは僕の跡継ぎだからね。そろそろ、ちゃんとした仕事をやってもらって跡継ぎだってみんなに認めてもらわないと」
お母様の疑問に対して、お父様はそうお答えになる。でも、まだ成人までもう少しあるのにね、とは私も思ったわ。それと、腕っ節なら既に私のほうが強くなっているし。あら、それは関係ないのかしらね?
まあ、お兄様はともかくお父様は、私よりもお母様のことが心配でならないからそれは良いことにしましょう。
「メルティア、君は体調を崩してるんだから早く寝てほしいな」
「ごめんなさいね、旦那様。早く良くなりますわ」
「……仲がいいのは良いことですけどね、お2人とも」
お兄様が思いっきりため息をつかれるほど、仲良くいちゃいちゃいちゃ。いえ、お兄様のおっしゃる通り仲がいいのはよろしいことですし、お父様がお母様の心配をなされなかったりしたらそれこそ天変地異の前触れかと思ってしまいますから。
とはいえ、お母様がお兄様を案じておられるのは事実なのでなんとかしましょう。
「お母様、大丈夫です。いざとなったら、私が出ていって何とかしますから」
「あら、さすがレイクーリアね。そう、お願いするわ」
「ははは。僕よりもう強いからね、レイクーリアは」
私の宣言にお母様はほんわりと微笑まれて、お兄様には苦笑された。ええ、でも一応娘だし、いつかはアルセイム様の元に嫁ぐのだからってあまり表には出されないようにされているの。
というか。
「でも、レイクーリアが出るってことは殴れるけれどとっても強い敵が出るってことでしょう。さすがに、それはないと思うのだけれど」
お母様のおっしゃる通りで、私の出番は即ち兵士じゃどうしようもないレベルの敵が襲ってきたとき、もしくは私の目の前に不幸にも敵が出てきちゃったときなのよね。
あ、以前にうちに入り込もうとした盗賊は後者。素手の私にナイフで襲い掛かってきたけれど、それでエンドリュースの娘に勝てると思ったのが間違いだったわ。今頃は牢屋かどこかで、十二分に反省なさっていると思うけれど。
それはどうでもいいわね、うん。お母様のお言葉にお兄様が、少し考えられてから言葉を続けられた。
「僕もそう思うんだけどね。水ってことは龍神様の管轄だし、龍女王様がそうそうお暴れになることはないはずだから」
「もし暴れておられるんだったら、それは僕のやり方がおかしいということだからなあ……いずれにしろ、反省しないと」
お父様の、ため息混じりのお言葉が食卓に少しだけ重く響く。お父様のやり方がおかしいかどうか、家にいる私には分からないわ。
龍女王様にでもお伺いすれば、分かるのかしら?