66話 それならどうして
「そういえば」
ふと、気になったことを口にしてみた。皆の視線が私に集まるのが分かるわ。
「王家のご先祖様は最初、この地からお国を作られたのですよね」
「そうですねー」
話を教えてくれたナジャが頷く。それを確認したところで、私は疑問を言葉にした。
「それならどうして今、都はここではないのですか?」
「うん、そうだね。理由は色々あると思うよ」
私の疑問に答えをくださったのは、アルセイム様だった。にっこり笑って私を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡いでくださる。
「例えば、ここよりは今の都があるところの方が守りは固くできるだろう。ここは平地だけど、都は周りに山があるそうだから」
「ええ、そうですわね」
それは、私にも分かる。山が周りを囲んでいれば城壁を巡らせるまでもなく、敵軍は入ってきにくい。季節にもよるけれど、例えば冬なら装備をよほどしっかりしないと山は越えられないわね。
対して、エンドリュース領は広々とした平地が続く。たまに丘とか川とかがあるけれど、山を越えてくるよりはずっと敵が攻めてきやすいわ。
「道や川の流れを考えると、他の街との行き来もしやすいからね。龍女王様がここを選ばれたのは、何よりも水だろうからな」
お父様が、続けてお答えくださった。前にアルセイム様のお父様がお話しくださったことがあるけれど、都は山に囲まれた場所ではあるけれど、その実他国の街へは意外と行きやすいのだそうだ。もちろん、関はしっかりと守られているのだろうが。
「それに、今は国も落ち着いたからいいけれど。昔の戦乱の頃に都と龍女王様の寝所が一緒にあったら大変だ、戦の被害が洒落にならないと思うよ?」
「そうでなくても、広い田畑が戦場になる可能性が高いからね。荒らされてしまったら、その後の食料を確保するのが大変になる」
お兄様と、アルセイム様。皆のお言葉を耳にして、ふむふむと考える。そうか、戦になったときのことも考えないといけないのね、私は自分で暴れるだけだからいけないんだわ。
今はこの国は平和で、隣り合う他のお国ともさほど諍いはない。でも、ここまで大きくなるまでには領土争いやその他、色んな理由で戦をしてきたのだという。
もしそれに、龍女王様が巻き込まれたりしたら。
「万が一龍女王様がお怒りになって暴れたりしたら、おおごとになるのは間違いないね。こちらが勝つにしろ、負けるにしろ」
今私が考えていた同じことを、アルセイム様が言葉にされた。と、お兄様がその言葉で何かを思い出されたように目を細めて微笑まれた。
「ああ、ナジャのときにすごかったですものね。龍女王様となればあれの何倍も、すごいことになったでしょうねえ」
「うえ? 私ですかあ?」
あ。
そういえばうちには、龍神様が暴れたらどうなるかという実例がいたわ。その本人というか本龍は、いきなり話を振られて顔を引きつらせてしまっている。
ああ、と手を打たれてアルセイム様が、お兄様に続かれた。
「ナジャがレイクーリアにしばき倒された時の話は、父上からたっぷり聞かされたよ。お前も、しっかりした領主にならないと末路はああだぞって」
「あら」
先代公爵閣下、そんなことおっしゃってたんですか。もう、亡くなられてしまった後では文句をつけることもできませんわ。
あら、でもどうしてアルセイム様のお父様がそんなことをお話しになられたのでしょう?
「田畑が水浸しになったり森が荒れたりしたんで、さすがにグランデリアが助力を申し出てくれたんだ。正直、かなり助かったよ」
その答えは、お父様が出してくださった。ああ、そういえばナジャをアルセイム様たちに紹介したのはこの屋敷で、でしたわ。あれは、エンドリュース領の復興にご助力くださった時だったのね。
だって、アルセイム様にお会い出来て浮かれてたんですもの、私。ああ恥ずかしい。
「お前、どれだけ暴れたんだ……」
「あばばばばごめんなさいですー」
ああ、さすがのトレイスも呆れ声を上げているわ。ナジャはというと、反省しているのかしていないのか分からない引きつった笑顔。
「しかし、ナジャが遠慮なく暴れるって相手は大変だったでしょう。実際に、その場を見たわけではないので」
「だから私が出たんですよ。エンドリュースの兵も頑張ってくれたんですが」
「なるほど。さすがはレイクーリアだ」
アルセイム様のお言葉に、私はやっぱり顔をほころばせるしかなかったわ。ああ、幼子とは言え龍神様をしばき倒せるくらいの力は持っていてよかった!