65話 そもそもどうして
クロード様と一緒に王都から来られていた、王家の兵士たち。彼らがラグナロール様を引き取ってくださるというので、とっととお帰り用の馬車に乗って退場頂いた。
ボンドミル侯爵の方は、ジョエル様宛に迎えに来いやあというお手紙が早文で届けられていたらしく、こちらも慌てて馬車ですっ飛んできた。
「ひとまず、屋敷に戻るわ。アルセイムはしばらくそっちで羽伸ばせ」
ボンドミル侯爵を乗せた馬車を見送った後、クロード様はそんなことをおっしゃって先にお戻りになられた。私とアルセイム様、ナジャとトレイスは結局、そのお言葉に甘えることにする。
「……あのー、いいですか?」
ナジャがおずおずと手を上げてきたのは、お父様やお兄様と一緒にお茶を飲んでいる時だった。「ん?」と全員の視線が向かう中で彼女は、いつものように空気を読まず質問を投げかけてきた。
「ルナリア様って、どんな方なんですかー?」
「ああ、そうか。ナジャは知らなくてもおかしくないね」
お父様が苦笑を浮かべられる。まあ、私もルナリア様に関しては噂や伝聞でしか知らないわね。直接お会いする機会なんて、ないもの。
それで、説明してはくれたのだけれど。
「『龍の血』がエンドリュースとよく似た方向に現れたお方さ。腕っ節はそれほどでもないんだが、何しろ頭がすこぶる回る方なんだ。ちょっと悪い方向に」
「……わあ」
どんな説明なんですか、お父様。それで理解できる私やナジャも大概ですが。
なるほど、それでラグナロール様への申し渡しがあれね。とても納得したわ。ラグナロール様、少しはしっかりされると良いのだけれどねえ。
「それにしても、エンドリュースはとても信頼されているのですね」
お茶のお代わりを頂いて、私はぽつんと呟いた。ええ、だってボンドミル侯爵の言い分がもし本当なら、なんて話、王家の方々の間では出てきていないみたいだもの。
「龍女王様の懐を、これまで特に問題なく治めているからだろうな。もし下手な問題を起こせば、王家が出てくるより先に水で滅ぼされているんじゃないかな?」
「……な、なるほど」
アルセイム様のご意見に、私たちエンドリュースの一家は冷や汗をかきつつ頷いたわ。確かに、人としておかしなことをしていれば、エンドリュースのお屋敷は水の底に沈んでしまっているかもしれないものね。
「まあ、そうでなくても男爵位だしね。面倒事を起こしたら、簡単に取り替えられるだろう」
そのお兄様の意見にも、私は頷く。公爵や侯爵クラスだとそう簡単に領地替えや爵位剥奪、なんてことにはならないでしょうけれど。
と、お兄様の言葉を聞いてアルセイム様が、不思議そうな顔をされた。
「そういえば、エンドリュースはもう少し高い爵位でもおかしくないはずですね。龍女王様のご寝所をお守りしている一族、なんですから」
「下手に高いと、逆に問題なんだよ」
アルセイム様の疑問には、お父様がお答えくださった。
「中央から少し外れたところに、地位の高い貴族が領地を持つ。周辺の国は変に思うかもしれないし、貴族の当主自身が田舎は嫌だなんて考えることもあるだろうね」
「面倒くさいですのね。私はあんまり、そういうことは考えたことがございませんから」
「都から距離があることを除けば、豊かでいい土地だしな。エンドリュースの領地は」
周辺国のことに関しては、私は分からない。まあ、田舎が嫌で都に出たいと考える方は貴族でなくてもいらっしゃるから、それはまあ理解できるけれど。
でも、豊かな土地なら治める貴族の地位が高くてもおかしくはないわよね。それだけ、お金持ちってことになるんですもの。
「今は国同士そこそこ仲良くしているから良いけどね。でも、昔は結構戦争していただろう」
「ええ、その歴史は学びましたわ。……今考えると、龍女王様がこの地においでになったずっと後、ですのね」
一応、アルセイム様の奥方になるにあたってこの国の歴史はある程度勉強している。建国の話はほとんどされていなかったから、龍女王様絡みのお話はおそらく、王家周辺にしか明かされていないのね。
で、都が今の場所に移される前後くらいから周辺の国々と、領土争いが激化した。数十年ほどの戦を経て、だいたい今の国境で落ち着くことになり今に至る、と。
「この領地、意外と国境が近いんだよ。そんなところに高位の貴族が控えているとさ、お隣さんはここにとんでもないものがあるんじゃないかって疑うだろう?」
「まあ、龍女王様がおわすのですから間違ってはいませんが……それで攻め込まれても困りますわね」
「そういうこと」
……なるほど?
要するに、面倒を避けたかったのね。よく分からないけれど、そういうことにしておきましょう。