64話 王家からのお仕置きよ
クロード様が王都から戻ってこられたのは、ボンドミル侯爵とラグナロール様をエンドリュースの家に『保護』してから13日の後だった。
お父様とお兄様がまとめた書類や当事者の証言などを王都に持って行ってくださって、そちらからの処分を持ってきてくださったのよね。王家相手には、公爵である自分の方が話が通じるからって。
「手間を取らせたな、エンドリュース卿」
「いえ。こちらこそお手数を取らせました、公爵閣下」
「まあ、面倒な客を呼び込んだ側としてうちにも責任はあるからな。このくらいはやっとかんと、跡継ぎに睨まれる」
恐縮なさっているお父様に対してさすがはクロード様、堂々たるものね。それと睨まれる、なんて言われてしまったアルセイム様は「睨みませんよ」とぼそりと呟かれただけで。
そんなアルセイム様をちらりとご覧になって苦笑されたクロード様は、私に「ボンドミル侯爵、それからラグナロール様と面会したい」と仰せになった。ええ、もちろんご案内いたしますわ。私と龍神様のメイスはボンドミル侯爵様やラグナロール様にとっては恐怖の対象らしいから、おとなしくしてくださるでしょう。
まずは、ボンドミル侯爵。普通の客間にお泊まりいただいているけれど、もちろん門番代わりに護衛部隊の数名が入口に立っている。傍から見たらメイドが立っているわけなのだけれど、この彼女たちも私と遜色ない実力の持ち主だからね。
さて、室内でボンドミル侯爵と対面した私たち。ふくれっ面になっておられる侯爵様相手に、クロード様は書類を示してぞんざいにおっしゃった。
「ボンドミル卿。ひとまず、とっとと引退しろと王家から要請が来ている」
「へ」
「ほれ、玉璽付きの『要請書』」
あの、クロード様。玉璽といえば国王陛下の印、神聖なる証ではないですか。それをそう、落書きでも見せるみたいにぴらりと広げるなんてもう。
それと、それ要請じゃないですよね? 陛下直々のご命令、ってことですよね?
「何、ご立派な嫡男がおられるではないか。他所の貴族の領地に勝手な理由で兵士連れてずかずか入り込んだ当主の首を、嫡男に刎ねさせろと言ってこないだけ王家は慈悲深いぞ」
クロード様はとっても明るい笑顔でおっしゃっているけれど、内容は結構酷いような。というかまあ、ある意味事実なんですが、ええ。
ほら、ボンドミル侯爵が先ほどまで膨れていたお顔を引きつらせているではないですか。
「何しろ。『龍女王様のご寝所たるエンドリュース領を汚したボンドミルなど恥でしかない、家ごと潰せ』なんて言う意見もあったからな。王家の方々には、そこら辺周知の事実だったみたいだぞ?」
「ひいいっ」
……あ、座ってたソファからずり落ちた。まかり間違ったらお家のお取り潰し、なんてことになってしまっていたのね。
それにしても王家の方々、エンドリュースが本当に後ろ暗いことをやっていたらどうなさるおつもりだったんでしょう? その家の娘としては、少し気になるところなのですが。
ソファから落っこちたついでに絨毯を汚してくださった侯爵家ご当主の後始末を護衛部隊に任せて、私はクロード様とアルセイム様を案内して別の客間に移動する。
こちらは少し豪華なお部屋で、まあ要するにラグナロール様が放り込まれているお部屋だ。もちろん入口には、メイドたちが堂々と立っているわけで。
「ご機嫌いかがですか、ラグナロール様」
「……あまり、よくはないな」
「お気持ち、お察し致します」
アルセイム様、実際はそう思っておられませんよね。いえ、口には出さないけれど、眉の角度がそうおっしゃっているから。
さて、クロード様はラグナロール様宛にも書類を持ってきていた。それを、先ほどよりは少しばかり丁寧にひらりと、彼にお見せする。
「ルナリア・オーイン様より直々の文を賜っております。花押も入っているが、確認なさいますか?」
「い、いえ!」
「では、代読させていただきましょう」
ルナリア様。王位継承権が10番台の、中央部に近い王女様だ。王女様、とは言っても年齢がかなりお高めで、結婚よりもお仕事とお仕置きが大好きよと公言なさっておられるそう。お仕事はともかく、お仕置きが大好きなのはどうなんだろう。
それで、そのお仕置きが大好きな王女様が直々に下された文章とは要するに。
事実の確認もしないばかりか、たかが1名の『告発』に乗せられて自分の配下も連れずに貴族の屋敷に押しかけるなど王族にあるまじき行為。それも、龍女王様がその身を休ませておられるエンドリュースを相手にその体たらくとは、言語道断。
大体何でお前は、龍女王様のご寝所も知らなかったのだ。王家の必須教養がなっとらん。
なので、王位継承権を剥奪の上ルナリア様の元でこき使ってやるのでありがたく思え。
……だそう。あーあ、ラグナロール様のお顔が青を通り越して真っ白になってしまわれた。
「本来ならば投獄されてもおかしくないが、ルナリア様の格別の御慈悲をもってこの処分となったようですな」
「あがががが……」
「まあせいぜい、死なない程度には遠慮してくださるとのことですよ」
「良かったではないですか。人知れず、生命を落とすことにはならずに済みそうですし」
クロード様はやっぱりにっこりと、そしてアルセイム様も穏やかなお顔でなんてことをおっしゃられるのかしら。
じわじわといたぶって差し上げるより、一撃で沈めて差し上げた方が温情ということなのでしょうね。
「ええと、がんばって下さいませ」
ああもう、致し方なく私も、満面の笑顔でそう申し上げた。あら、こちらは泡を吹かれてしまったわ。