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男爵令嬢レイクーリアがんばる  作者: 山吹弓美
二 お披露目とお客人と面倒
63/118

63話 私の実家は平和な家ね

「これで終わり、ですわね」


 さすがに頭の回らない私でも、戦意を喪失した兵士まで叩き潰す趣味はないわ。

 ぽん、と手のひらでメイスを受け止めながら穏やかに微笑んでみせると、ボンドミル侯爵は涙目でこくこくこくと激しく頷かれた。兵士の方々もほっとしたお顔になられたようなので、本当にこれで終わりで良さそうね。

 そんな様子をご覧になったアルセイム様が、トレイスに言葉を選んだ指示を出された。


「トレイス。ボンドミル卿を丁寧に介抱して差し上げろ」

「はっ」


 軽く頷いたトレイスは、すたすたとやってくると腰を抜かされたままのボンドミル侯爵を、ひょいと肩の上に担ぎ上げた。あら、結構力あるのね。


「な、何をする離せっ」

「暴れましたら、今一度レイクーリア様の前に放り出しますが」

「っ」


 慌てて身を捩られたボンドミル侯爵だったけれど、トレイスにそんなことを言われてはおとなしくなるしかないわね。ええ、今もう一度目の前に置かれたら、今度は本気でメイスを振り回したくなりますもの。

 おっと。兵士の方々を何とかしなくてはいけないわ。さすがに亡くなられた方はいらっしゃらないはずだけれど、今のままだと分からないもの。


「ナジャ、兵士さんたちを集めて」

「はーい。アルセイム様、お願いできますかー」

「ああ、もちろん」


 私は戦うしか能がないし、さすがにこんなところでナジャに本性を出させるわけにも行かないし。ということで、どうしても癒やしはアルセイム様にお願いすることになる。けれどアルセイム様は、それが当然だというように頷いてくださった。本当にお優しいお方で、……私はこの方の花なのね。いやだ顔がほころんでしまうわ。


「レイクーリアに怪我がないのは良かったけれど、このままだと彼女もあまり気が良くないからね」

「……お手数をおかけします、アルセイム様」


 おっと、いけないいけない。表情を引き締めて、アルセイム様に頭を下げる。そうね、私が怪我をしていたらアルセイム様に、余計な面倒をかけてしまうことになっていたものね。……守ってくださったのも、アルセイム様だけど。


「いや、このくらいなら。みんな大丈夫だよね?」

「はい。一応手加減はして差し上げましたから、せいぜい重傷の方ばかりですわ」

「な、ななな……」


 あら、ラグナロール様、お気づきになりませんでしたの? 慌てて周囲を見渡してるなんて。これでも、急所を外すくらいのことは簡単にできますのよ。第一、こちらには殺す理由がございませんものね。

 それを、笑顔で説明して差し上げる。


「だって、敵国が攻め込んできたわけではありませんもの。王族の端っこ様を担ぎ出したお間抜けな侯爵様のご命令で引っ張り出されただけ、ですものね」

「お間抜け、だと」

「間抜けだろう、ボンドミル卿」

「トレイス殿、こちらからどうぞ」


 トレイスの肩に担がれたままのボンドミル侯爵が、呆然と呟かれる。その2人をエンドリュースの屋敷に招き入れたのは、メイド長だった。彼女の部下に囲まれて連れて……ではないわね、持っていかれる侯爵様、哀れですわね。

 さて、もう1人お連れしないといけませんわね。要するに、目の前におられる王族の端っこ様ですが。


「あ、ラグナロール様。詳しくお話を伺いたいので、おいで願えますかしら?」

「は、話だと」

「抵抗は無駄でございますわよ。それはお分かりですわよね」

「は、はい……」


 やはり、笑顔とメイスは効果的ですわ。もう、最初からおとなしくしてくだされば、アルセイム様の癒やしのお力を浪費させることもなかったのに。




「すまんな、レイクーリア」


 ラグナロール様の襟首を引っ掴んでお立ちいただいて、そのままエンドリュースの屋敷の敷地に入っていくと、お父様にとても済まなそうなお顔をされてしまった。その隣で、お兄様が文書をまとめながら同じようなお顔をされる。


「僕たちは君に頼ってばかりだね……もっとしっかりしないと」

「大丈夫ですわ。お父様、お兄様」


 本音を言えばいくらでも頼ってくださいまし、と思うのだけれど私はもうすぐアルセイム様の妻となる身。そうすると、ほいほいエンドリュースの家に戻ってくるわけにはいかなくなる。

 お兄様がお母様のようなお強い女性を奥方として迎え入れられるなら、それが一番なのですけれどね。


「まあ、お嬢様がグランデリアに輿入れなさいましたらエンドリュースの守りは、我らにお任せくださいませ」

「頼むわね」


 それまでは、メイド長を始めとする彼女たちにお願いするしかないわね。

 メイド長がどん、と槍のように構えているのはモップ。ただし、我が家にある物干し竿やモップなどは全て、彼女たちの武器としても使えるように丈夫なものを揃えてあるの。


「ラグナロール様、ボンドミル侯爵、及び侯爵家私兵の皆様はエンドリュース男爵家にてその身柄をお預かり致します。今頃はグランデリア公爵閣下が王都の方にお問い合わせをされているはずですから、まあ1ヶ月もかからないでしょうね」


 モップの先を地面に叩きつけながら凛とした声を張り上げる、メイド長。いえ、実は私も名前を知らないのよ。多分、お父様とお兄様くらいしかご存じないのではないかしら。よく分からないけれど、そういうものらしくて。


「邸内で暴れたりうちの旦那様にうっかり手を上げたりしたら、亡き奥様の薫陶を受けた我ら護衛部隊がお相手いたすことになります。よろしいですね?」

「ひっ……ひゃ、ひゃいっ」


 それはともかくとしてまあ、端っことは言え王家の方が情けないお声ですわよ、ラグナロール様。ま、メイド長が叩きつけたモップの下、地面に軽くクレーターができているからそれで、でしょうけれど。


「メイド長は、私より強いですよ」


 トドメとばかりに私が口にした一言で、皆々様は完全に降伏なさったよう。ああ、平和が戻ったわ。今のところは、ね。

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