62話 あなたにとって私は
「ボンドミル卿……や、やめておいたほうがいいんじゃないかな……」
ラグナロール様は腰を抜かされたまま、あわあわとボンドミル侯爵に声をかけた。あらあら、やめろなんておっしゃるなら最初から話に乗らなければよかったのに、ね。
「ほら、相手はエンドリュースの娘、だし」
「それがどうしました、ラグナロール様! 相手は小娘……っ!?」
まあ、ボンドミル侯爵がこれでおとなしく引かれる方とは思えないので、お2人ほど兵士を目の前に殴り飛ばして差し上げた。まあ、どうしてお顔を引きつらせておられるのかしら。あなたは戦に来られたのでしょうに?
「はい、小娘ですわ。ご覧の通りの」
「ひっ」
ここは笑って差し上げるのが一番効果的、とおっしゃったのはお母様だったわ。そうして本当に、ボンドミル侯爵様まで腰を抜かされてお顔が面白いことになっていらっしゃるし。よく効くのねえ、ええ。
ああでも、このままでは周りの兵士さんたちがかわいそうね。さっさと話を進めましょう。
「お次はどなたですの? それとも、終わりますか?」
「い、一斉に掛かれ! 別働隊は、そっちだ!」
この言動も、お母様譲りなんですの。もちろん、引くに引けないお相手様が開き直ってかかっていらっしゃるように誘導して差し上げるための、ね。
ところでそっちだ、ってどちらよと思った瞬間、別方向から兵士がふっ飛ばされてきた。と同時に聞こえてきたのは、トレイスとナジャの声。
「アルセイム様に触れるな、不届き者め」
「いけませんねえ。私と私の主様を敵に回すんですねー」
「まあ」
まあまあまあ、私のアルセイム様に攻撃を仕掛けようとなさったの? もっとも、そのくらいは想定済みだから2人にお願いをしておいたのだけれど。
「俺も、少しくらいはできるんだけどな」
「アルセイム様は、魔術お使いになってる方がお似合いですー。主様もきっと、同じ意見ですよう」
「俺も、同じ意見です」
「……参ったな」
確かに、アルセイム様も少しは剣をお使いになれるわ。でも正直、私としては戦場に出ていただきたくないもの。ナジャも、トレイスも同じように思ってくれていて嬉しいの。
それに引き換え。
「はああっ!」
何ですの、ボンドミル侯爵様は。ご自身から喧嘩をふっかけておいて、肝心の戦は兵士に任せっぱなしですのね。
まあ、かまわないわ。1人、2人、3人とメイスを振るって吹き飛ばしていけば、いつかはあなたが立たざるを得なくなるものね。4人、5人、6人と。
「レイクーリア!」
不意に、アルセイム様のお声が聞こえた。次の瞬間、暖かい光が私を包む。
「守れ守れ、我が花を!」
「え」
いえ、あの、防御呪文の詠唱だということは分かったし、それが投げられてきた槍を数本弾き返してくれたということも分かったわ。
問題はそこではなくて、詠唱の言葉。我が花、ですって。アルセイム様が。
「わ、我が、花?」
「当たり前だろう。君は俺にとって大切な花だ」
アルセイム様が、私にそんなことをおっしゃってくださった。私が、あなたの大切な花だと。
「あ、言っちゃった」
「終わったな」
「まああ! アルセイム様、ありがとうございます!」
ナジャの声もトレイスの呆れ顔も、もう気にはならないわ。アルセイム様のお言葉があれば、私は無敵すぎるほど無敵になれるのだもの。
気合を入れ直して3人ほど吹き飛ばしながら振り返ると、ボンドミル侯爵が相変わらず腰を抜かされたまま無粋な言葉を吐き出された。
「ええい、人前でのろけておる場合か!」
「場合ですわ!」
当たり前じゃないの、と即答しながら1人蹴り飛ばす。一応、足技も習得しているもの。メイスがない頃から、私は戦っていたのだから。
「お分かりになりませんの?」
前蹴り。
「アルセイム様が!」
延髄斬り。
「この私を!」
回し蹴り。
「花とお呼び下さったのですよ!」
大きな兵士が突っ込んでこられたので、これはさすがにメイスを全力で振り回して腹に一撃。……少し下にずれたかもしれないけれど、まあ大丈夫でしょう。
そうして私はボンドミル侯爵の前に立ち、心の底からの笑顔で申し上げた。
「これをのろけずして、何をのろけろと仰せなのでしょうか? ねえ、ボンドミル卿」
「いやあの主様、戦の最中ににやけてる場合じゃないとおっしゃりたかったんだと思いますよー」
ナジャ、そこを突っ込まないでちょうだい。いずれにしろ周囲にほんの少し残った兵士たちも侯爵様も、ましてや王族の端っこ様だってガタガタ震えていらっしゃるわ。