61話 貴族も龍神様も空気が読めない
「ええと、ラグナロール様でいらっしゃいましたか? それと、ボンドミル卿」
にっこりと笑って、スカートを摘んでお辞儀をしてみせる。ええ、心の底からの笑顔よ。だって、どう考えても遠慮なく殴っていい相手ですもの。
「きちんとお仕事としてお調べくださるのならば、それ相応の手順が必要ですわよね? 少なくとも先ほどお父様がおっしゃったように、ご自身の配下を連れてやってくるのが筋ではございませんか」
「な、な……」
「ボンドミルの兵士たちを使っているということは、これはボンドミル侯爵が自分の都合にラグナロール様、あなたをつき合わせているだけかもしれませんね」
「何?」
まあ、口から出まかせですけれど。この手の方にはこういう出まかせ、案外と効果があるのよね。だってほら。
「そうなのか、ボンドミル卿」
「そそそ、そんなはずはありません! 先ほど、ラグナロール様自身もおっしゃったではないですか、奴らが不正を働いているに違いないと!」
「そもそも、それをわしに言ってきたのはお前だろうが!」
うわあ、ベタベタな悪役過ぎて本当に笑えますわ。おほほほほ、おっと失礼。
大体、ラグナロール様とやらがこんなところまで引っ張り出されてきたのも、ボンドミル侯爵の出まかせに乗っかってきたからだし。この国の王族の方々、大丈夫なんでしょうか。端っことは言えこんな方がおられるなんて。
「ボンドミル卿」
と、私の横にアルセイム様が歩み出られた。まっすぐに2人を見据えて、凛とした声を張り上げられる。
「あなたは先ほど、彼女の言葉になぜそのことを、と答えられたようだが。その言葉の意味を、ここではっきりと教えてもらえるかな? 次期グランデリア公爵、このアルセイムに」
「じゃ、邪魔をするなら武力で排除するぞ!」
あら、おっしゃってしまわれた。ボンドミル侯爵、意外にお馬鹿さんなのですわね。よくこれで、お家が今まで保ってきたものだと思うわよ。
まあ、お答えはきっちり差し上げないとね。ねえ、アルセイム様。
「そのお言葉を待っておりました。レイクーリア・エンドリュース、全力でお相手いたしますわ」
「言ったな、ボンドミル侯爵。今の言葉をもって、ボンドミル侯爵家はエンドリュース男爵家に私闘を仕掛けたと見なす」
私は礼をして、その横でアルセイム様がボンドミル侯爵にお言葉を掛けられる。そのままアルセイム様は、ラグナロール様に視線を向けられた。
「ラグナロール・オーイン殿であったか、あなたも聞かれたな?」
「ひっ」
「ああ、ご存知だと思うがエンドリュース男爵家は、恐れ多くも龍女王様の御座所を守っている家だ。今のボンドミル侯爵の発言は、龍女王様の御前において宣言されたものと見なされる」
あらあら、どうしてアルセイム様の朗らかな笑顔を向けられて腰を抜かされるのかしら、ラグナロール様?
いえまあ、龍女王様とは王家は結びつきがあるわけだから、それをラグナロール様がご存知なのであれば分かるけれど。
……ご存知なのかしらね。まあいいわ、いずれにしろ龍神様への信仰は、この国では大事なことだもの。おまけにあちらの方々はご存じないけれど、こちらにはナジャがいるし。
「後々王家の取り調べの場において、そこら辺嘘はつけませんよー? せいぜい、がんばって下さいましねー」
「言葉を選びなさい、ナジャ。お父様、お兄様」
これでも選んでいると思う言葉を一応注意してから、門の向こうにいるお2方を振り返る。ああ、どちらも既に観戦態勢に入っておられるわ。
エンドリュースの現当主と次期当主が、直接私闘の場に出てきてはまた問題が大きくなりますものね。ここは、既に外に出ることがはっきりしているこの私が受け持つのが安全で、そして確実なのよ。
「ああ、後は任せておきなさい。存分に、楽しんでいいからね」
「久々に、可愛いレイクーリアの戦が見られるんだねえ」
「旦那様、若様。お茶と書類の準備ができておりますよ」
故に、お父様もお兄様も私に任せてくださって、とっても素敵な笑顔を見せてくださる。
メイド長がお茶と書類の準備をしたってことは、つまりこれからここで起きることの記録を取るつもりなのだし。その記録は都に運ばれて、王族の方々のお目に触れるということになるのにねえ。
ボンドミル侯爵様は、そのことにもお気づきにならないままものすごくお怒りになって、右手を振り上げられた。
「ふざけるな! かかれ!」
「ナジャ、トレイス。アルセイム様は頼んだわよ」
「りょうかーい」
「お任せを」
「頑張れ、レイクーリア」
というわけで、アルセイム様は侍従2人にお願いすれば大丈夫なはず。私が敵を全てなぎ倒せば、それで済むわ。アルセイム様のお声を背に受けて、私は数歩前に出た。
対してボンドミル兵は一斉にわっと……かかってこられるわけないでしょう。軽いとは言え武装をなさった方々が、ほらあっちこっちでがっちゃんがちゃんとお互いの武器防具をぶつけ合ってもう、情けないったら。
その中でどうにか転がり出てきた方を、片っ端から吹っ飛ばす。メイスの力、見せて差し上げますわ。存分に。
「はっ!」
「ぎゃっ!」
「こんのお!」
「甘いですわよ?」
いくら後ろから来たところで、敵意がバレバレだわ。今の私なれば、振り返らずとも腹に一撃くれて差し上げることは難しくないのよね。
「さあ、さっさといらっしゃいな。次は何方様かしら?」
あら、せっかくお呼びしているのにどうして皆様、腰が引けていらっしゃるのかしら。不思議ねえ、喧嘩を売りにおいでになったのでしょう?