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男爵令嬢レイクーリアがんばる  作者: 山吹弓美
一 龍と私とおかしな空気
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6話 幼い少女は軽率で

「こちらが、レイクーリア様がたのお部屋でございます」

「ここが君たちの部屋。もちろん、自由に使ってくれてかまわないよ」


 トレイスが立ち止まり、アルセイム様がそうおっしゃってくださったのは、プライベートエリアの一角にある扉の前だった。お屋敷の作りからすると、日当たりの良いお部屋のような気がする。

 それにしても、彼らの言葉が気になったので伺ってみよう。


「たち、ですの?」

「そうだよ」


 アルセイム様は、何を言っているんだろうというお顔に一瞬なられた。でもすぐに微笑んで、私の隣りにいるナジャにちらと視線を向けられる。


「ナジャは、いつも近くにいたほうが良いだろう? 控えの間があるからね、そちらを使えばいい」

「わあ、ありがとうございます!」

「お気遣い、痛み入ります」


 嬉しそうに頭を下げるナジャに並んで、私もお礼を言う。ええ、彼女はできれば私のそばにいて欲しい。……離れたところで何かあったら、制御できる自信がないわ。


「ではレイクーリア様、お部屋にどうぞ」

「ええ」


 トレイスが開けてくれた扉の中に入る。一歩、二歩進んだ瞬間、殺気を感じた。ほんの一瞬、だけど。


「えーい!」

「あ」


 今のは気のせいだったのかしら。ちょっと間の抜けたような少女の声とともに、棒のような何かがこちらに突っ込んできた。

 とっさに手に持ったメイスでそれを跳ね上げて、ついでなのでむんずと掴まえた上でもう一撃。ばき、と音がして折れたのは……あら、モップの柄、ですわね。


「すごーい、ちゃんと止めたあ」

「パトラ!」

「パトラ様、何をなさるんですか」

「んもー、危ないですよう」


 部屋の中から聞こえたのは先ほどと同じ、間が抜けた感じの声。その主であるらしい10歳にもならない感じの女の子が、折れたモップのもう片方を両手で突き出す格好のままでこちらを見ている。どうやら彼女がパトラ、のようだ。

 で、そのもう片方のモップの折れたところを、ナジャが掴んでいた。まあ、折れた木の先って危ないものね。追撃が来なくてよかったわ、ほんと。うっかり反撃していたら、どうなっていたことか。

 そうしてそのパトラを、アルセイム様とトレイスが本気で怒っていらした。無理もない、いきなり客人、というか来訪者である私をモップの柄で思い切り突こう、としたんですものね。これがちゃんとした剣や槍なら、暗殺未遂でしかないわ。

 もっとも私には、こういったいたずらは慣れたものではあるのだけれど。


「だってだって、エンドリュースの女の子ってすっごく強いって聞いたから!」

「だからといって、いきなり武器を繰り出すのはいけません!」

「叔父上にはこの旨、後で報告させてもらうよ。仮にも公爵令嬢たる自分の娘の教育が、なってないとね」


 でも、トレイスもアルセイム様も厳しくお叱りになるのは当然ね。ここは、私が口添えをしたほうが良さそう。まだ幼い子のようだし。


「アルセイム様。エンドリュースの娘は、そういったいたずらには慣れております。もう、そのへんで」

「し、しかしだなレイクーリア」

「こういった方には、実際の力をお見せするのが一番ですもの」


 アルセイム様ににっこり笑ってみせてから、私は手に持ったままのモップの柄を軽く振った。


「パトラ様、でしたか。次はこれでは済みませんよ?」

「っ」


 その柄の折れた方を突きつけるようにして、パトラ嬢に笑顔全開。あら、少し怖がらせてしまったかしら?


「ご、ごめん、なさい……」

「ご理解いただければ結構ですわ。……パトラ様、ですわね」


 柄をナジャに渡してから、一応確認をさせていただく。彼女ははっと顔を上げて、それから慌ててスカートをつまんだ。


「は、はい。グランデリア公爵クロードの娘、パトラにございます。はじめまして、レイクーリアお姉様」

「エンドリュース男爵ユースタスの娘、レイクーリアですわ」


 こちらも同じように礼をしてから、あれっと思った。おねえさま、と呼ばれましたわよね、今。


「……お姉様?」

「はい! だって、アルセイムお兄様の婚約者でいらっしゃるんでしょう? だったら、お姉様です」


 お兄様の婚約者だから、お姉様。

 アルセイム様やトレイスの言葉は、本当だったみたい。パトラ嬢は、アルセイム様にとっては『妹』なんだわ。ああ、よかった。


「先ほどは本当に、本当に失礼いたしました! エンドリュースの女性がとてもお強いという話はよく聞いていたので、その」

「もう、いいですわ。ただし本当に」

「二度はありません! グランデリアの名に賭けて、龍神様にお誓いします!」


 あらら、ちょっと効き過ぎたみたいだったかしら。でも本当に、次はありませんわよ。

 一瞬の殺気は、忘れられるものではありませんから。

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