57話 さすがに馬鹿ではないわよね
「さてと」
ひょい、とクロード様が立ち上がられた。お茶はともかく、お菓子はもう切り上げ時かもしれないわね。何しろ最後のひとつは今、クロード様がつまんで口に放り込まれたから。
「一応、ボンドミルには抗議の手紙でも出しとくか。人んち、こそこそと探らせんじゃねえよって」
「お認めになりますかしら」
「認めないだろ。いずれ、うちに文句つけに来るさ」
私の質問に、クロード様はぼりとお菓子を噛み砕かれてからそうお答えになる。まあ、質問というよりは確認に近いので、私もそうは思っていたのだけれど。
クロード様は楽しそうな顔をされて、「その時に、何持ってくるかだな」などとおっしゃった。
「持って、ですか」
「安全な手土産ならよし、抗議文ならまあまあ」
手土産を持っておいでになるのか、というアルセイム様の疑問に、少々物騒な方向性で答えるクロード様。抗議文でまあまあ、ということはつまりもっと酷いものがある、ということじゃないの。
そしてクロード様は、サラリとその酷いものを口になさった。
「まさかとは思うが、武器や暗器なんざ持ってきてたりしたら」
「主様の出番、ということですねー」
ナジャはもう、空気読まないのがナジャなので良いとして。
さすがにボンドミル侯爵でも、そんな無茶なことはなさらないと思うわよ。武器なら正面から攻め込んでくるってことだし、暗器ならこちらを暗殺する気満々ということだもの。
まあ、いずれにしろナジャに守りをお願いして私が暴れれば済むことね。とはいえ。
「そこまで馬鹿ではない、とは思いますが」
「どうだろうな。王族の端っことかでこれを機会に真ん中に入り込もう、なんてやつがいないとも限らないし」
アルセイム様も同じことを考えられたのか口を挟まれたけれど、クロード様はおそらく最悪の事態をお考えなのでしょうね。
確かに、ほんの少し王家の血が入っているからと貴族のご令嬢が后になる機会を狙っているというのはよく聞くお話だもの。
……ミリア様、カルメア様はどうなさるおつもりなのかしら? スリーク家も、王家の血は流れているのよね。
と、ふと思考が逸れそうになったところで、例によって空気を読まないナジャが明るく言ってくれた。
「そういうお馬鹿さんがいたら私か、アナンダ兄様呼んじゃってくれたほうがいいと思いますよ? 公爵閣下」
「え」
いえ、それはどうなのかしら。ナジャは私と一緒にいるからともかくとして、わざわざアナンダ様をお呼びする理由がわからないわ。アルセイム様も、クロード様もそれは同じようで。
そんな私たちを見渡してナジャは、不思議そうに首を傾げながら言葉を続けた。
「私たちの一族、この国の王家とはある意味契約関係なんですよ。だから、契約相手のお身内にお馬鹿さんがいたらこちらは困りますー」
「そうなのか?」
「あれ、ご存知なかったですか?」
ええと、そんな話ってあったのかしら。クロード様がご存じないのに、アルセイム様や私が知っているわけがないじゃないの。龍神様のお話は知っているけれど、王家と契約がどうのなんて聞いたことがないわ。
代表してアルセイム様が、私たちの普通の認識を言葉に紡いでくださった。
「知らなかったというか、俺たちにしてみれば龍神様は土地や水をお守りくださる偉大な存在だ。だから、しっかりとお祀りしなければならない、という認識なんだけど」
「はあ。まあ、それも間違っちゃいないですけど、こっち曲がりなりにも『カミサマ』ですよー?」
「あなたを見ていると、そうは思えないけどね」
「まだ赤ん坊ですからー」
そうね。アナンダ様曰くあなたはまだ、よちよち歩けもしない赤ん坊なのよね。もっともアナンダ様や、それに龍女王様のことを思い出せば『カミサマ』の凄さは分かるのだけれど。
さて、そもそもどういうことかしら。私たちは、ナジャの話を聞くことにしましょう。ほら、クロード様が面白そうだな、という顔をして座り直されましたものね。