54話 相手も面倒になってきそう
10日ほどして、再びナジャが白い封筒を部屋に持ってきてくれた。
「主様ー、ご実家からお手紙ですー」
「ありがとう。どんな感じかしら」
「芳しくなさげですねー。旦那様も若様も、結構頑張ってるっぽいですけど」
「相手が悪いってところかしらね……」
封筒を受け取りながら、言葉をかわす。別にナジャが先に中身を読んでいるわけではなくて、何というか封筒にまとわりつく感じを見て言っているらしい。まあ、ナジャだしね。
「というか、お兄様が独り身なのが厳しいのよね。お母様みたいな方が現れてくださればいいのですけれど」
「そうほいほい出てくるとは思えないですけど」
「そうよねえ」
お兄様にご令嬢を押し付けようとしてる相手を避けるためには、お兄様が他の女性を選ぶのが一番だ。もちろん、複数の女性を娶っても構わないのだけれど、少なくとも私のお父様や先代公爵閣下のように妻は1人、と公言すれば相手は引き下がるしかないものね。
アルセイム様は……どうなのかしら。彼が別の女性を娶るつもりがあるのかどうか、私は怖くて聞けないわ。
さて手紙の内容はというと、やっぱりナジャの言うとおりだった。
お父様もお兄様もやんわりと、それでもきっぱり断っているのだけれど相手は結構しつこい、らしい。やはり、お兄様が独り身で恋の噂も聞かれないというのが問題のようね。とはいえうちの場合、お父様もそこそこ遅めだったようなのでこれはもう、ある意味血筋と言ってしまってもいいのではないかしら。
そんなことを考えているうちにクロード様からお呼び出しを受けたので、お部屋にお邪魔させていただく。今日もアルセイム様が同席してくださるので、そこだけは安心できるわ。
「お手数をおかけしております。公爵閣下、アルセイム様」
「ああ、そこは気にしないでくれ。甥の嫁の実家なんだ、困ったときはお互い様だろう」
「そうそう。俺たちを助けてくれたのは、他でもないレイクーリアだからな」
私が頭を下げると、クロード様もアルセイム様もそんなことをおっしゃってくださった。よほどお2人にとって、魔女の事件はおおごとだったようね……まあ、あのままだとグランデリアをまるごと支配されていたわけだから仕方のないこと、かしら。
「ああ、そう言えば」
ともかく、お父様から頂いたお手紙をお見せする。一通り目を通されてからクロード様が、軽く顎を撫でながら言葉を続けられた。
「ボンドミル卿、こっそりスリークにも手紙をよこしていたらしいぞ。エンドリュースが失礼だの何だのと書いてあったらしくて、カルメアが姉上譲りの怒り方をしたらしい」
「カルメア様が?」
あらら、そちらにまでご迷惑をおかけして……まあともかく、クロード様の姉上ってつまりミリア様よね。あの怒り方をカルメア様がなさったのかしら。えー、でも何で、と言う前にアルセイム様が、分かっていたんだけれどあんまり分かりたくなかった理由をずばりと言葉になさった。
「カルメアは、すっかりレイクーリアに懐いてますからね」
「……お身内ですし、仲が良いに越したことはないですわ」
ああ、うん。確かにカルメア様、悪い方ではないのよ。今回も、我が実家のために怒ってくださったようですし。
ところで、スリーク伯爵やミリア様はどうお考えになられたのでしょうか。はて。
「それで、叔父上や叔母上は何と」
「エンドリュース云々はともかく、ボンドミルにはスリーク家も面倒掛けられてたらしくてな。少なくとも、あちらにつくことはなさそうだ」
大丈夫なんですかボンドミル侯爵家。もっとも、最近はあまり聞きませんけれど昔は、権力を笠に着て無理難題をふっかけまくったお家もあったそうですわね。あまりひどい相手は王家とか、あと本当に最悪の場合は龍神様が降臨されて、お屋敷ごとしばき倒されたそうですけれど。
今のところボンドミルはそこまで行っていないようだけれど、クロード様は楽しそうにお笑いになった。街で生きて来られたこの方は、私たちよりずっと人がしっかりしていらっしゃると思うわ。
「まあ。それで直接うちにねじ込んでくるような根性のある奴なら、ちょっとは話を聞いてもいいとは思っているんだがな」
「聞くだけですわよね?」
「もちろん」
私の問いには即答いただいた。話は聞くけれど、どうせ大したことのない内容だから受け入れる気はなさそう。私もだけれど。
楽しそうなお顔のままクロード様は、控えているブランドに視線を向けた。
「ちなみに、ブランド」
「は」
「うちの周囲はどうなってる」
「はい。数日前より街の方にて、グランデリア家に関する聞き込みをしている連中が確認されております。いずれも知らぬ顔で、会話した民の話によればあまり良い育ちではなさそうだ、とのことでございました」
「ありがとう」
いつの間に、と思ったのだけれど、このくらいの調べをさらっとやってのけるのがクロード様、グランデリア公爵閣下なのね。街に配下を送っているのか、民が協力してくれているのかは分からないけれど……両方ともだと、何だかホッとできるわ。民がクロード様を信頼している、証ですものね。
それにしても……恐らくはボンドミルの手の者よね。何を調べているのかしら。
「ま、そういうこった。先に王家には内密に話通してあるが、どういったネタで来るかはさすがに分からんからな」
「早いですね、叔父上」
「早めに手を打っておくに越したこたねえからな」
アルセイム様も感心していらっしゃるほど、クロード様の手際は素晴らしいと思うわ。……このまま、グランデリアのお家を任せてもよろしいのではないかと思えるくらい。
でも今はともかく、そのグランデリアに迷惑がかからないようにしないと。そのためになら。
「最悪、メイスを振るうことになりましたら……その、ごめんなさいませ」
「おう、その時は俺が全責任取る。というか、そんなことになったらボンドミルも無傷じゃ済まねえと思うが」
私の言葉に、今度こそクロード様はわっはっはと大きくお笑いになられた。そ、そんなに楽しいことではない、と思うのですけれど。