53話 お付き合いが面倒すぎる相手
「えーと、要するに」
クロード様が、ガリガリと髪を掻き回しながら苦い顔をされた。
「侯爵家の当主に、事もあろうに侍女が暴言を吐いたことは許されない。そこを不問にしてやるから、ボンドミルの娘をエンドリュースの嫁にしろ、ということかよ」
はあ、と大きなため息とともに吐き出された言葉に、私とアルセイム様は神妙な顔をして頷いた。
さすがにこれは、私だけではどうにもならないというか、正直エンドリュースの問題なのだけれど。でも、相談したほうがいいと思ってアルセイム様にお話したところ、アルセイム様がクロード様を呼んできてくださったのよね。
そんなわけで私とナジャ、クロード様がアルセイム様のお部屋に集まっている。ああ、もちろんトレイスはいるけれど。
「まあ、実態はともかく外から見たらナジャはレイクーリアの侍女だからなあ」
「うはあ、私のせいですか。申し訳ないです……」
クロード様よりも小さなため息をつきながら、アルセイム様が言葉を紡がれる。私の後ろに控えているナジャが、本気で済まなそうに声を落とした。
今更そんなことを言っても、始まらないのだけれど。
「まあ、やってしまったことは仕方がないわね。それよりも、どうして暴言吐いた侍女がいるような家に娘をやりたいのかしら」
というわけでナジャに声をかけてから、正直に思ったことを口にしてみる。だってそうでしょう、エンドリュースに文句をつけてきたということはつまり、ボンドミルから見てナジャはエンドリュースの侍女である、そういう認識ですものね。
私の疑問に答えてくださったのは、やはりというかクロード様だった。
「エンドリュースの家は龍神様と結びつきがあったりして『龍の血』が強いし、男爵家だけどうちなんかとも縁があるから、かな」
「要するに、エンドリュースを間に噛ませてつきあいを深くしたい、という辺りですか。叔父上」
「多分そんなところだね」
アルセイム様、ある意味全力でぶっちゃけてませんかそれ。まあ、確かにエンドリュースは『龍の血』の力が強く出てくる家系ですけども……その結果がこの私、だったりしますしね。
「ナジャ絡みについては、パーティの招待客の皆様はある程度事情を知っている。俺があの後直接とか、早く帰った家には手紙を出して説明しておいた」
このあたりはクロード様、さすがに手配がお早くていらっしゃる。「だから、ボンドミルが悪さをしたってのは知られてるよ」とウィンクする仕草は、アルセイム様と似ていらっしゃるわ。さすが、ご血縁。
「まあ、ボンドミルの当主が人んちのパーティで恥かいた、ってのはあまり知られると恥ずかしいだろうからな。八つ当たり避けるためにもあんまり言いふらさないでくれよ、とは頼んでおいたけどよ」
「……そうですわね。確かに、恥を広められてはいくら事実でもね」
そう。いくら事実だとしても、恥を広められたら人は怒るもの。本当に小さな恥だけれど、それを広められて怒ったボンドミル侯爵がどんな八つ当たりをしてくるか。
ってつまり、エンドリュースはその八つ当たりの対象にされた、というわけかしら。ああもう、目の前にいらっしゃったら今すぐ殴っているわ。止められるでしょうけれど。
さて、そうなると、だ。
「そうすると、後はうちの2人が問題ですわ……お父様もお兄様も、ジェシカ様にしっかりなさいって怒られましたし」
「男爵家の当主と後継者なのだから、レイクーリアには頼りないかもしれないけれど、それなりにしっかりしてるはずだよ。大丈夫」
「それに、エンドリュースには長く仕えてくれている侍従たちもいるだろう?」
「ええ、それはもう」
ああ、アルセイム様が私を気遣ってくださっている。もう、駄目だわ。こういう時こそ、私がしっかりしないと。いえ、私ではなくてお父様とお兄様が、よね。
そういったことを考えていると、「しかしなあ」とクロード様がまたため息をつかれた。あ、相談したの、失敗だったかしら。クロード様に余計な面倒を負わせてしまったもの。
「グランデリアには直接言ってこないところが、何というかせこいんだよなあ」
「そりゃ、言ってこないでしょう。うちは王家とつながりがありますし、カルメアのスリーク家も王家の血が入っていますから」
「王家に近いお家には、ボンドミル卿も口を出しにくいのかもしれませんわね」
クロード様のお言葉に、アルセイム様が理由を述べられる。ああ、だから『龍の血』が強いとは言えエンドリュースに言ってきたのか。
だって、龍神様はあまり表に出てこられませんもの。ナジャやアナンダ様は特殊な例で、普通の民は龍神様をお祀りし信仰することはあっても直接そのお姿を見ることはほとんどない。
つまりボンドミル侯爵にとっては、龍神様の血よりはっきり見える王家とのつながりの方が怖いってこと。だから、グランデリアやスリークには手を出さないわけ、ね。
「うちとしては、しばらくは様子見だ。下手に手を出してややこしくなったら、それこそ王家に有る事無い事ねじ込みかねないからな」
「ボンドミル侯爵って、そんなお方ですの?」
「今のは知らねえが、思い出したんだが先代のことで俺の親父が頭悩ませてたよ。つまり、アルセイムの祖父さんだけど」
「……まあ」
「うわあ」
もう髪がぐしゃぐしゃになってしまったクロード様のお言葉に、私もアルセイム様もちょっと情けない声をあげてしまったわ。少なくとも、先代の侯爵様は面倒なお方だったんですのね。
そして多分、今の侯爵様とジョエル様も。