52話 お茶会で話は済まない
のほほんと家族でお茶を飲んでいると、ノックの音がした。お父様の侍従が、すぐに扉の方へと向かう。そうして彼は、少し困ったような顔で戻ってきた。
「旦那様。ジェシカ奥様がおいでになっております」
「ジェシカ様が? すぐお通ししろ」
「は」
お父様の指図はこういう時は早いから、特に困ることはないのよね。お客人くらいでもたもたしていたら貴族は務まらない、もの。
そうしてすぐに、ブライアンを連れたジェシカ様がお見えになった。ソファから立ち上がり、お迎えする。
「こんにちは」
「ジェシカ様、この度は部屋まで準備していただいて」
「気にしなくていいわ。旦那様もそうなさい、とおっしゃるはずだもの」
ゆっくりだけど、ジェシカ様の足取りは確かだ。このまま養生なされば、そのうちお出かけなどもできるようになるはずね。本当に、良かったわ。
そうして、ジェシカ様も加わってのお茶会になった。まあ、魔女のこともあってゆっくりお話することもできなかったし。
「お身体の方はいかがで?」
「ええ。レイクーリアのお陰でゆっくりとだけど、回復してきているわ」
「それは良かったです。力が取り柄の我が娘にも、できることがあったんですね」
あの、お父様。確かに私は力だけが取り柄ですけれど、そうはっきり言われても……いえ、仕方のないことですわ。頭は全く及びませんものね。
それはともかく、ジェシカ様はにこにこと笑いながらちらりとナジャに視線を向けてくださった。それから、お言葉を続けられる。
「ナジャもそうなんだけど、本当に来てくれてよかったわ。エンドリュースとご縁がつながっていたおかげで、グランデリアは食い物にされずに済んだもの」
「いやいや。アルセイム殿が一所懸命だったから、龍神様がお助けくださったのですよ」
「まあ」
お兄様は、さすがだと思うわ。ナジャがアナンダ様にお話してくださったから、グランデリアに入り込んでいた魔女を叩き潰せたんですもの。物理的に。
なんてことを考えているうちに、話が変わった。まあ、目の前にある多分これから問題になる可能性のあるアレ、なんですけどね。
「レイクーリア。クロードから聞いたけれど、ボンドミル侯爵相手にやっちゃったんですって?」
「勝手にメイスに触れられただけですわ。でも、あちら様はそうは思わないでしょうね」
私、嘘はついていませんよ。私かナジャでなければ龍神様のメイスは扱えないっていうのに、勝手に触ったせいでふっ飛ばされただけなんですから。
まあ、それで終わる相手ではないと思います。いくらクロード様が懇切丁寧に『ご説明』なさったとしても。それは、お父様もジェシカ様も分かっていらっしゃるようで。
「どう動くと思われますか?」
「うちには来ないでしょうね。ただ、エンドリュースに申し入れなさるんじゃないかしら。ボンドミル家には確か、まだ幼い娘さんもいらっしゃるはずだから」
「娘……って」
あ、お兄様の顔が分かりやすく引きつった。まあ、娘さんがいらっしゃるってことはそういうことになるわよね。
「ええ、問題を表沙汰にしたくなければうちの娘をウォルター殿の奥方に、なんて押し付けておいでになりますわ。多分」
「……面倒だな」
「面倒ですわね」
「僕、あまり歳の離れた女性はいまいちなんですが」
「そういう問題じゃなくてだな、ウォルター」
全力でボケてくださるお兄様、嫌いではないのですよ。こういう、身内だけでの話の時にしか出ないし。まあそれはとにかく。
この問題、私が何とかしなければならないのではないかしら。何しろ。
「少なくとも、問題の大元は私ですわね。……何とかなるのかしら?」
「殴って終わる問題じゃないよね、多分」
「それで終わるなら終わってもらってますー」
お兄様もナジャも、口調は呑気なのがある意味恐ろしいわね。相手は侯爵家ですもの、覚悟は決めておかないといけませんかしら、やっぱり。
そう考え込みかけた私と、それからお父様とお兄様にお言葉をくださったのは、やはりジェシカ様だった。さすがは先代公爵閣下の奥方様だわ。そうして、アルセイム様のお母様。
「一応、クロードもいろいろやっているみたいだけれど。それでも、お気をつけなさいね? あなたがた、メルティアよりもしっかりしないとダメよ。レイクーリアもうちにいるんだから」
「わ、分かっていますよ」
「頑張ります」
お父様とお兄様は、どこか慌てたように頷かれた。さすがに、お母様の名を出されてはとことんまで頑張らざるをえないのかしら。お父様の一目惚れ、でしたものね。お母様には。
「レイクーリア。最悪の場合はグランデリアが後ろにつきますから、龍神様のメイスを存分にお振るいなさいな。これでも公爵家、権力でなら対抗できますから」
「あ、ありがとうございます」
……思わず頭を下げたけれど、これでよかったのかしら? いえ、だってグランデリアとボンドミルが全面対決、なんてことになってしまったらこの国にとっては、とてもとても大変なことですもの。
……原因がボンドミルのご当主様なのは、一応文書にでもしたためておこうっと。ナジャという証人、じゃなくて証龍はいるけれど、念のため。
そうして数日後。
「主様ー。ご実家からお手紙ですう」
「その表情だと、あまり良い内容じゃないわね?」
「というか、こちらの奥様のご推測通りってーか」
「うわあ」
とっても分かりやすく、ボンドミル侯爵家はエンドリュース男爵家に文句を付けてきた。