50話 貴族はいろいろ面倒なのよ
「おっと、そうだ」
帰りの馬車を呼びに行ったスリーク伯爵を追ってこの場を去りかけたクロード様が、何かを思い出されたようにこちらを振り向かれた。
「レイクーリア嬢、カルメア。今宵の話は、あまり言いふらすものじゃないからな」
「はい、分かりました」
「あら、どうしてですの?」
私は素直に頷いたのだけれど、カルメア様には理由が分からなかったみたいね。まあ、面倒事を避けるためなのですけれど……そのくらいは、分かっていてほしいですわ。
とは言え、今説明すれば多分ご理解いただけるわよね。クロード様もそうお考えになったのか、やれやれと肩をすくめられた。
「あの手の連中はな。いくら事実であっても、自分の恥ずかしいところをおおっぴらに言いふらされたら我が家の名誉を汚したな、なんて感じで文句言ってくるんだよ」
「そうなんですか?」
「そう。こう言っちゃ何だが、姉上もそういう感じじゃないか?」
「あ、はい」
うわあ。ミリア様を例に出されたら、一発でご理解なさった。まあ、ミリア様がそういう性格っぽいのは私でも分かりますけれど、もともとあんな感じでしたのね。
「で、ボンドミル家は侯爵家だろう。それなりにいい家柄だもんで、ご贔屓にしてる大商人とか色々いるわけだ。そういうのを巻き込んで、事をさらに面倒にしてくる可能性だってある」
「うっかりすると、王家の方まで巻き込む可能性だってありますものね……」
貴族の家、それも侯爵家ともなると、なにがしかのつてで王家とつながっていることが多い。そちらまで使って嫌がらせとか、あんまりおもしろくない話ですけど過去にも例があったりするのでしょうね。たまにですが、何もなかったはずのお家が潰されたりすることもありますから。
「俺だってグランデリアの当主だ。アルセイムに家を渡すまで、なるべくなら面倒事は避けたいさ」
「え」
「俺には子供はいないんだ。兄上から家を預かって、アルセイムに渡すのが俺のグランデリアとしての使命、だからな」
一瞬目を見張った私に、クロード様はアルセイム様とどこかよく似た笑顔を見せてくださった。そうね……その子供がいない、ところにあの魔女はうまく潜り込んで。ああもう、もっと殴っておけばよかったわ。とっとと消えてしまって、もう。
「それに、俺がうっかりして悪事の当事者にでもなってみろ。確実にそのメイスではっ倒される」
「まあ」
おっと。ついメイスをしっかり握りしめたら、そこに視線を集中されてしまったわ。
ああでも、確かにクロード様が悪事を働かれたら私、このメイスを振り回しますわね。その自信は絶対的にあるもの。
と、言いますか。
「倒れるだけで済む、とお思いですの?」
「やっぱり済まないか」
にっこり笑って返してみると、クロード様には苦笑された。もちろん、とことんまでお仕置きして差し上げるつもりなのですが。
そして、顔がひきつったままのクロード様はカルメア様に向き直って、最初の話に戻られた。
「まあ、カルメア。そういうことだから、こんなことがありましたってあまり言いふらさないようにな」
「そうですわね。お母様に知られたら、叔父様がおっしゃったように殴り込みに来てしまいそうですし」
「否定できないなあ」
さすがにカルメア様も納得されたようで、深く深く頷かれた。スリーク伯爵はあんまりそういうことなさらないと思うけれど、本当にミリア様がねえ。
カルメア様、よくこんな良い方にお育ちになったものだわ。乳母が良かったのね、きっと。
「じゃあ、俺はそろそろこの辺で。馬車はそろそろ来るだろうから、カルメアは待っているといい」
「はい。ともかく、楽しかったですわ。ありがとうございました、叔父様」
「そりゃありがたいこった」
そう言ってクロード様が、私に向き直る。あら、まだ何かありますの?
「お客人にもみくちゃにされて挨拶できてないらしいが、エンドリュース男爵とご嫡男を客間にお泊めしている。明日にでも挨拶してきなさい」
「あ、ありがとうございます!」
あら、お父様とお兄様、いらしてたのね。まあ、それは当然でしょうけれど。エンドリュースの家、近いですし。
まあ、2人とも少々気弱なところがあるからお客人とのご挨拶が多ければ、こちらには来られないでしょうね。特にお兄様。
「……レイクーリア様のお家の殿方は、気が弱くていらっしゃいますの?」
「少し、ですわね」
「うちのお父様と一緒ですわ」
言われてみればそうね、とカルメア様の言葉に頷いて、私は苦笑するしかなかったわ。あーあ。