45話 本当は良い方なのよね
突然、目の前に飛び込んできた方がいらっしゃった。あらあら、この赤みがかったふわふわ金髪はもしかして。
「レイクーリア様あ!」
「カルメア様っ」
やっぱりか。
いえね、今宵のパーティは私のお披露目でもあるのだけれど、それに便乗してお相手のいらっしゃらない貴族のご子息各位がお相手を探すためにも開かれているわけ。そうなると当然、グランデリアのお身内でありまだお相手のいらっしゃらないカルメア様も当然、招待されているわけね。
でも、殿方のお相手探すはずでしょう。何故、私のところに来るのかしら。それもまあ、とっても嬉しそうな笑顔で。その笑顔を殿方に向ければいいのに、と思う。
「本日はお招きありがとうございます! レイクーリア様にお会いしたくて来ちゃいました!」
「ええ、いえ。お招きしたのはアルセイム様か公爵閣下、だと思うのですが」
「あら、そうだったかしら」
「グランデリア公爵家が開いたパーティですもの。私はまだ、エンドリュースですから」
「あらあらあら、間違えてしまいましたわ」
……ちょっとずれてるところはまあ、可愛らしいと思うわ。それからほにゃん、と頬に手を当てて軽く首を傾げる仕草も。だって、私には絶対できないもの。
そんなカルメア様は、私の手を取ってじっと見つめてきた。あのーナジャ、何とか言いなさいよどうして目をそらすのよ。こういう方はちょっと相手がめんどくさいのに……ナジャもそうなのかしら。
「それでも、カルメアはレイクーリア様にお会い出来てうれしいです。きちんと、お詫びもできませんでしたから」
「お詫び、ですか?」
あら、真剣な表情になられた。というかお詫びって、私はカルメア様に詫びていただくようなことは何もないはずなのに。
「そのう……お母様が、盗賊なぞを差し向けたそうで。大変大変ご無礼を致しました、ごめんなさい」
「え」
そのこと?
あれはまあ、内々で済ませることにしたから特に問題にはなっていないわよ。次やったら、スリーク卿にお伝えして離縁とかそういった話に持ち込む、ってクロード様が脅しになったそうだから。
「あの、カルメア様」
「もちろん、どういう話になったかも聞いております。でも、お母様は謝っていないようですから代わりに、わたくしが」
……。
カルメア様、とっても良い方じゃないですか。ミリア様がちゃんと教育されたのか、乳母が良い方だったのかもしれないわ。
でも、さすがにこういったパーティの場で、いわば人前でそういったことを言われてもその、周囲の目が気になりますし。万が一変な方向に噂が立ってしまっては、私もですけれどカルメア様が困ってしまうでしょうに。
なので、少し声のトーンを落としてカルメア様にそれを告げることにした。
「謝っていただけるのは大変にありがたいのですが、カルメア様ご自身のことではありませんしその、できれば場所を選んでいただきたいわ」
「え? ……そ、そうですよね。ごめんなさいっ」
本当に素直で良い方、だと思うわ、カルメア様。そんなに激しく頭を下げられたら、ふわふわの髪が乱れてしまうわよ。
それとまあ、別に私としては大したことではなかったしねえ。それをお伝えして、安心していただきましょうか。
「ミリア様だって、カルメア様のことをお考えになった末のことでしょうし。それに、ああいうのはよくあることですから」
「よくあるのですか?」
「エンドリュースの家に女が生まれたのは、かなり久方ぶりなんだそうです。それで、言い伝えられたような力があるのかどうかお試しになる方が多くて」
「まあ」
カルメア様が目を丸くするのは、さすがに分かるわ。ええ、普通は貴族の家に娘が生まれたからって盗賊だの戦の訓練だのってその力を試すものではない、というのはいくら私でも知っているもの。
「ええと、レイクーリア様は大丈夫だったのですわよね?」
「それはもちろん」
あの、カルメア様、そんな不安げな顔をなさらないで。今、私がここにいることが、何よりの証拠ではないですか。
ああもう、困ったわねえ。ミリア様とは違う方向に大変な方なのよね、もう。
「私の母ほどではないんですけれど、兵士10人程度でしたら何とかなりますもの。街中だったりしますとあまり本気を出せないので、少し時間がかかるんですが」
「す、すごいですわね……」
そんなにすごい、のかしら。ああそうよね、普通は貴族の娘が先頭立ってメイスぶん回して敵ぶっ飛ばす、なんてのはないものね。これはエンドリュースの娘と、エンドリュースに嫁ぐ運命を持った女性にのみ許されること、なのだと思うわ。
それに、カルメア様にも申し上げたけれど私はまだまだお母様にはかなわない。だから、その思いをつい口にした。
「この前はアルセイム様やトレイスのお手を煩わせてしまいましたので、今後も修行あるのみですわ。生きている限り、上を目指さなくてはね」
「……素敵ですわ、レイクーリア様。アルセイム様があなた様を受け入れられた理由が、わかった気がします」
ついうっかり拳を握って主張した私を、カルメア様はきらきらと瞳を輝かせて見つめてこられた。ですからカルメア様、そういった表情を殿方にお見せになったほうが良いのではないでしょうか? ねえ?