44話 方向性が違ったわ
負けるわけにはいかない、それが戦場。
とは言ってもこの戦場は、メイス振り回していれば勝てるという場所ではないのよね。笑顔を作って、きちんとご挨拶をして、それなりに言葉をかわさなければいけない……というのは正直、辛くて仕方がないわ。
第一、どうしてまあ普通の貴族の方々ってば、ねえ。
「ドンデリオ子爵家当主、セドリックでございます。どうぞ、よしなに」
「レイクーリアでございます。ドンデリオ卿、どうぞよしなに」
「エンドリュース男爵家の勇名は、我が領地にまで轟いておりますよ。それがあなたのようなお可愛らしい方の腕にかかっているとは、とても信じられない」
「ありがとうございます」
何でしょう。可愛らしい、と言われても特に顔が熱くなったりどきどきしたりはしませんわ。ドンデリオ子爵は赤っぽい髪が美しいしそれなりにお顔立ちの整った方なのに、多分そのにやにや笑いが気持ち悪いからなのでしょうね。
はあ。寝言はお休みの時におっしゃってくださいな、と面と向かって言えればどれだけ良いか。
戦は顔で決まるんじゃないのに。この国はあまり周辺国との戦がないから、そんな風に呑気に言えるのよね。
「ははは。あまりお嬢さんを独占していては、婚約者殿に叱られますな。では、失礼させていただきますよ」
「ええ。ごゆっくり楽しんでらしてくださいましね」
互いに礼をして別れて……ああ、ホッとした。ああもう、どの方もこんな感じでお話してこられるのよねえ。
我がエンドリュース家では、可憐な花の役割はお父様やお兄様だっていうのに。というか、私とお兄様が並んで立っていたら確実にお兄様の方が花というかブーケというか、そんな感じなのに。
ちょっと壁際でヘコんでいたら、ナジャがドリンクを持ってきてくれた。
「主様、素振りだけじゃ足りなかったですか」
「ええ、さすがにね……先に振るだけじゃ駄目だわ、後でどうにかしないと」
グラスを手にとって、軽くため息をつく。お客人の大半はアルセイム様、そしてそもそも公爵閣下であらせられるクロード様のところに集まっているのでちょっとだけ、休憩させてもらうわね。
「分かりましたあ。明日はおっきめの的、用意しときますねー」
「お願いね。破壊しても問題ない廃屋とかがあれば、一番なのだけれど」
「その辺り手配できないか、公爵閣下に伺っておきます」
さすがナジャ、私の気持ちを分かってくれているわね。
ええもう、こういうときのストレス解消はメイスを振るっての演習に限るわ。汗をかいてしまうけど気分はスッキリするし、その後のお茶やお食事がとても美味しいんですもの。
「え、ええと、レイクーリア殿?」
「あら」
そこでやっと、他のお客様がこちらに話しかけようとしていることに気がついた。ええと確か、フロディ伯爵家のご子息でしたわね。
私より少しばかり年上なのですけど、それなりに筋肉の付いた良い身体つきなんですけどねえ。どうしてそんなに、お顔を引きつらせていらっしゃるのかしら。
「あ、あの、破壊とか廃屋とか……」
「ほほ、エンドリュースの娘として当然のストレス解消法ですの。どうぞ、お気遣いなく」
「は、はいっ」
あ、そそくさと離れて行かれた。いや、この程度でドン引かれても困るわ。
その点アルセイム様は、とても心のお広い方ですのよ。私のために、広場をしつらえてくださいましたもの。ああ、もともとは屋敷を守っている衛兵の修行場だったそうなのですけれど、最近はお国も平和なのであまり使われていないのよね。
「主様、サンドイッチお持ちしましたー」
「ありがとう。緊張していると、お腹が空くわね」
「普通は逆だと思うんですけど」
あら、そうなのかしら。緊張すると、余計なエネルギー使うじゃない。そうしたら当然、お腹空くわよね?
そんなことを思いながら、ナジャが持ってきてくれたサンドイッチをパクパクと食べる。基本的にパーティではあまりものを食べるな、なんて話があるみたいだけど、そんなこと言われても食べたいのだからしょうがないじゃないの。
第一、食べ物というのは食べられるために作られるものなのよ。その務めを果たさせるためには、こうやって食べるしかないじゃないですか。農民たちや漁師たち、猟師や料理人といった民の努力を無にしてはならないのよ。
以上、小さい頃に教えられたお母様の信念。その思いはお父様やお兄様、そしてこの私にもしっかりと受け継がれているの。
だから、目の前にある美味しいサンドイッチを食べるのは貴族としての、私の義務よ。
……何でしょう、私パーティでも勝てる気がするわ。多分、クロード様やアルセイム様がお考えなのとは方向が違うのでしょうけれど。