43話 向かうは私の戦場か
頑張って気合を入れつつ、お披露目パーティの当日にたどり着いた。念のため、毎朝のメイスの素振りは欠かしていないのだけどね。
ドレスはグランデリアで作ってくださった、青いものを着用する。正直言って私に服のセンスはないので、まだ少しはあるらしいナジャにアクセサリーを選んでもらった。あ、当然メイスは持っていくのだけど。
「メイスはアクセサリーじゃないです」
ごめんなさい、ナジャ。そういうものなのかしら……まあ、武器だものね。
まあ、そのあたりはともかくとして。
「主様、よくお似合いですよー」
「そ、そう?」
ナジャが選んでくれたのは金の髪留めと、同じ金に深い赤の石がついたネックレス。この石は魔除けの力があるとかで、パトラのこともあったから付けてくれということみたいね。
手袋は純白で、さり気なく指先にすべり止めがされているのが気に入ったわ。足元はさすがに編み上げのブーツは履けないらしくて、足首をリボンで固定することのできるヒールにしてくれた。動きやすくて助かるわ、万が一のこともあるし……あら、違うかしら。
「はい。私がお世辞言うと思います?」
「……それはないわね。あなた、どちらかと言うと本音全開だもの」
「でしょう」
自慢げなナジャの言葉にそう答えると、彼女は満面の笑みで頷く。素直なのは良いことなんだけど、これから貴族の方々と相まみえるというのに大丈夫かしら、なんて思う。私もそうだけど、ね。
「あ」
と、ナジャが廊下の方に視線を向けた。ああ、きっとどなたかがいらしたのね。
これもなんだけど、魔女の一件があってからナジャ、今の姿でも敏感になったみたい。ええ、もともと龍神様なのだから感覚は人間より鋭い、はずなんだけど。
そうして一瞬だけ耳を澄ませてから、ナジャが教えてくれた。
「アルセイム様とトレイスだと思います」
「え、アルセイム様?」
ああ、そうだったそうだった。アルセイム様の奥方になる私のお披露目ということで、アルセイム様ご自身がお迎えに来てくださるんだった。わあ、お眼鏡に叶うかしら。鏡でもう一度確認しないと。
「はいはい落ち着いてくださいね、綺麗でお似合いなんですから、胸を張ってくださーい」
「わ、分かっているわよ」
ナジャ、本当に楽しそうね。うう、彼女の好みがアルセイム様に合うかしら。でも、頑張って胸を張らないと。アルセイム様の隣にいるために。
そうして、扉をノックする音が聞こえた。ナジャがこちらを見たので、頷く。もう、覚悟を決めるしかないものね。
「どうぞ。主様がお待ちかねですよー」
それからすぐ、ナジャの案内でアルセイム様が、トレイスを連れておいでになった。こちらは浅い緑と白を基調とした衣装で、ああもう何をお召しになってもアルセイム様は麗しくて見惚れてしまいますわ。
「レイクーリア」
「まあ、アルセイム様。わざわざのお迎え、ありがとうございます」
「いや。君を迎えに来るのは、俺の役目だからね」
きちんと礼をして、お迎えする。ああ、私、これからこの方の隣に立って多くの方々に紹介されるのね。いけない、顔が緩みそうだわ。アルセイム様に恥をかかせないためにも、きりっとしないと。
と、思っていたのに。
「それにしても、今宵は一段と綺麗だよ」
「アルセイム様こそ、とても凛々しくて素敵ですわ」
ああ、駄目でした。アルセイム様のほんわりした素敵な笑顔に見惚れない女性は……多分殿方もいないと思うのだけど。困ったわ、こんな顔でアルセイム様の婚約者を名乗るなんて、もう。
「中身逆ですけどねー」
「……本当のことを言わないほうが良いと思うが」
「ナジャ!」
「おいおいトレイス」
こんな時、空気を読まないナジャの言葉はある意味役に立つ。それとトレイス、あなたもよ。
それにしても、中身は逆。確かにそうかもしれないわね……アルセイム様はお優しい方で、戦場に出るのは絶対的に私だもの。アルセイム様に傷をつけるなんて、とても許される所業ではないもの。
「まあ、確かにそうだろうけどな。戦場に立つレイクーリアの凛々しさは、あまり他人には見せたくないよ」
「いやですわ、アルセイム様」
そのアルセイム様の口から、なんてセリフが出てきたのかしら。大体、戦場って……この前の対パトラ戦のことかしら。でも、それでは私が困るのですよ、アルセイム様。
「エンドリュースに生まれた女として、戦場の先頭に立つのはもはや義務と言っても差し支えないものですの。それがアルセイム様のためであれば、なお」
「そうか、なるほどな」
そう、いつ何時誰のために戦うかはともかくとして、エンドリュースの娘として戦場に立つのは当然のことですもの。誰に見られるか見られないか、なんてそんなことは意味がないの。
……アルセイム様に見ていただけるなら、私はそれでいいものね。
そんな私に、アルセイム様はお言葉をくださった。
「なら、大丈夫だ。これから俺と君が向かうのも、ある意味戦場だからね」
「え」
「そこで君を皆に紹介し、俺の妻になる女性として認めてもらう。君にとっても、これは戦だろう」
そ、そうか。これから向かうのは、戦場なのね。メイスをぶん回して敵をなぎ倒すのではないけれど、確かにアルセイム様のおっしゃるとおり、かも。
「しかも相手は貴族、楽しくないかな?」
「そうです、わね。アルセイム様の隣に立つにふさわしい女として、認めていただく戦いですのね」
覚悟は決まったわ。そうよ、私はアルセイム様の妻になる女として、これからそのための戦に向かうのよ。
それならば、私は負けるわけにはいかないじゃない。
「そうですよ主様、戦なら主様の右に出る者はおりませんって」
「レイクーリア様。ご武運を」
「分かったわ」
ナジャからも、トレイスからも応援の言葉をもらう。そうね、私は負けないわ。
「レイクーリア・エンドリュース、この戦に勝利してみせます!」
「ああ、やっぱりそれでこそレイクーリアだ」
ええ、そうおっしゃってくださるアルセイム様が見ていてくださるなら、私が負けるわけがないですわ!