42話 がんばれ私、レイクーリア
グランデリアのお屋敷が龍神アナンダ様によって清められ、魔女騒ぎもひとまず落ち着いてから1ヶ月ほど経った。
私たちがこのお屋敷に入った時に感じていた変な感じは全くスッキリ消え去っているから、やっぱりあれは魔女のせいだったらしいわね。ああ、良かった。
結局、こちらに来た時に持ってきた荷物は足りなくなった。というか多分このまま輿入れまで進みそうなので、季節に応じてエンドリュースの家から送ってもらうことになったのよね。これから夏に向かうので、つい先日夏用のものを送ってもらいましたわ。ありがとうお父様、お兄様。
「そうか、さすがはレイクーリアだな。グランデリアの家を守ることができたなんて、僕も鼻が高いよ」
私の顔を見に、という名目でわざわざ荷物を持っておいでくださったお兄様に魔女のことをお話しした。その時の、お兄様の感想である。「僕じゃ絶対無理、だったけどね」なんて微笑まれたお兄様はどこかアルセイム様に似ていらして、もしかして私はブラコンなのかしらと少し首を傾げてしまったわ。
ジェシカ様のお身体はゆっくりとだけど回復に向かわれていて、時々お庭のお散歩に私も同伴させていただいたりしている。今日も、ナジャを連れてお供している最中ね。
のんびりとお庭を歩まれるジェシカ様には、ブライアンが供をしている。彼もあのあと、お清めの水をぶっかけて何とか回復した1人。
「ああ、庭の空気がこんなに美味しいなんて久しぶりだわ」
「それは良うございました」
ブライアンに身体を支えてもらいながら、ジェシカ様はお庭を楽しんでおられる。先代公爵閣下が亡くなられてから、ずっと寝入っていらしたものね。このまま、お元気になられると私としても嬉しい。
「……ねえ、レイクーリア」
「はい」
名前を呼ばれて、答える。お庭の外れ、龍神様をお祀りした祠の前。こういった祠は貴族の館には必ず、庶民の街でも確実に1カ所はあるものよ。
私たちの生活は、水とともにある。ということはつまり、龍神様とともにあるということですものね。
まあ、それはともかくとして。
「本当に、あなたが来てくれてよかったわ。改めてお礼を言います。ありがとう」
「いいえ! その、私は」
「アルセイムのためでしょう? 知っているわよ、あなたは昔からそうですもの」
うわあ、全部バレているわ。ま、まあ私、昔からアルセイム様のために頑張るって結構公言していた気がするし。
なんだか、耳まで熱くなっている気がする。ちょっとナジャ、人の顔見て笑いを堪えないでちょうだい。
なんてことを思っていたら。
「アルセイムはアルセイムで、あなたを迎えるためにって頑張っていたから。あなたたちは、2人で一緒にいてちょうどいいのかもしれないわね」
「え」
ジェシカ様、それは初耳です。というかアルセイム様、そんなことをおっしゃっていたんですか。
外から見たらもしかしたら、あわあわあわと変な感じに見えていたのかしら。こちらを見たジェシカ様、なんだか変なお顔をされているもの。
「まあ。レイクーリア、顔が赤いわよ。大丈夫?」
「は、はいっ」
「大丈夫ですよー。主様、照れていらっしゃるだけですから」
やっぱりあわあわしているらしい私がうまく答えられない代わりに、ナジャが答えてくれた。ええ、確かに私は照れているのね、困ったわ、でも嬉しいけれど。
「……」
「どうしたの? ブライアン」
「いえ。レイクーリア様でも、照れられるのだなと」
「そりゃあ、女の子ですもの。ちょっと強いだけで」
おんなのこ。
ええはい確かに私は女ですしまだ大人になりきれていないですし、ですから女の子という言い方は間違っていないと思うのですが、ええ。
「ジェシカ様、今のお言葉、主様には追い打ちですー」
「あら?」
「は、は、は、はいいっ」
ああもう、本当に困ったわ。参ったわ、どうしましょう。ナジャの言うとおり、私にとっては追い打ちなのね。あんまり『女の子』、なんて言われたことなかったし。私は私、なのだから。
そうして更に、ジェシカ様は追い打ちというかとどめというか、そんなお言葉を下さった。
「まあまあ、困ったわねえ。もうすぐ、あなたのお披露目のパーティがあるのよ?」
「ぱ、パーティ、ですか」
「ええ。アルセイムの婚約者として、きちんと皆様方に紹介しないといけないから。そういう場ではお世辞がどんどん飛んでくるんだから、さっきの私のセリフくらいで照れてもらっては困るわよ」
「うわあ」
し、しまったわ。
公爵家に輿入れする以上、他の貴族の方々に紹介されるのは当たり前のこと。でも、その場で今以上にこう、いろんなことを言われるってことなの?
「頑張って主様! アルセイム様のためですから!」
ナジャの応援の言葉に、もう倒れそうになったところをこらえる。そうね、そんな場で私がうろたえて恥ずかしいところを晒したりしたら、アルセイム様が恥をかいてしまうのよ。
頑張れ私、レイクーリア・エンドリュース!