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男爵令嬢レイクーリアがんばる  作者: 山吹弓美
一 龍と私とおかしな空気
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41話 人と龍の時間は違うの

 グランデリアのお屋敷を清めていただいたアナンダ様をそのままお帰しする、というのは人としてとても無礼なので、お茶会を開くことになった。私とアルセイム様、クロード様が侍従を連れて、列席する。さすがにジェシカ様はまだ具合が優れないようなので、残念ながら欠席である。

 アナンダ様にとってはお茶よりも清いお水の方がきっと美味なのだろうけれど、ナジャが淹れてくれたお茶を「うむ、美味いな」と笑って飲んでくださったのには全員ほっとした。ナジャは普通に人が食べる同じものを口にするし、それで美味しいようだから良いのだけれど……彼女は人に慣れてるからね。


「そういえば……何だったか? グランデリアの係累」


 お茶菓子として出された、これはグランデリアのシェフが手掛けたクッキーも美味しいと幾つか口にされた後でアナンダ様が、ふと何かを考えるようなお顔で尋ねられた。グランデリアの係累、と言われてもこの場合、思い当たる方はさほどおられないけれどね。


「自分の姉であればスリーク伯爵夫人、名はミリアといいます」

「スリークの妻か」


 代表してお答えになったクロード様の言葉に、アナンダ様はうんとひとつ頷かれる。……そういえばアナンダ様、個人の名前はあまり口にされないわね。これは、龍女王様もそうだったような。私も、エンドリュースの娘と呼ばれていたし。


「……個人名は数が多すぎて、覚えていられんからな。人の寿命は短すぎて、覚える前にすぐ代替わりしてしまう。家ならまだ、覚えていられる」

「なるほど。失礼いたしました」


 そんなことを思っていたら、アナンダ様がわざわざご説明くださった。

 そうね、龍の寿命は人よりずっと、ずっと長いものと聞いたことがあるわ。そんな龍神様から見たら、人はあっという間に死んでいく存在ですものね。その点、家なら万が一がない限り長く続いていくでしょうし。


「いや、まあ人と龍の時間は違うからな。それで、そのスリークの妻だが」


 アナンダ様はほんの僅か、青い髪を掻かれてからクロード様に向き直られた。端正なお顔がすっと、真剣な表情になる。そうすると、正直少し恐ろしく感じられるのは気のせい、かしら。


「悪だくみを、自白したか?」

「はい」


 クロード様も少し緊張されたお顔で、それでも素直に頷かれた。

 この場合の悪だくみというのはつまり、私がアルセイム様とともに街を訪れた時に襲われたこと。まあ、あの程度では暗殺計画とか嫌がらせなんて言葉ですら大げさなので、せいぜい悪だくみという表現になったのよね。

 ええまあ、実行犯は口を割ったようなので何らかの罰は受けている……のでしょうね。たまに、汚れ物が溜まった裏手から悲鳴のような唸り声のような声が聞こえてくるので、汚物処理のお仕事に没頭されているのかしら。頑張ってほしいわね、ええ。

 それはともかくとして。


「実の娘であるカルメアが、この間からレイクーリアのファンになってしまいましてね。その娘からガンガンに怒られて、さすがの伯母上も折れたようです」

「ははは、人も龍も子には弱いか」


 アルセイム様の苦笑しながらのご説明に、アナンダ様が軽く顔を引きつらせた気がする。

 そうなのよねえ……パトラとの戦いの後、私はなぜかカルメア様に気に入られてしまったようで。というか、「カルメアと呼んでくださいまし!」と真剣な顔で迫られてしまったわ。はあ、まいったわね。

 私の場合、友人はあまり多いとはいえない上にカルメア様……カルメアのようなタイプの方がおられなかったもので、おつきあいの仕方が分からないのよね。でもまあ、ミリア様もカルメアに弱いのは分からなくも、ない、かしら。

 その辺の事情をアナンダ様はご存じないと思うのだけれど、こちらをご覧になりながら目を細めておられるわ。


「まあ、エンドリュースの娘は此度に限らないが、男女人龍分け隔てなく人気があると聞くからな。此度の手助けも、龍女王とその御息女からの依頼であったし」

「ありがとうございます。一度、龍女王様にはお礼を申し上げに伺いたいと思っております」

「そうしてくれ。女王も、御息女の成長を案じておられるようだし」

「うっ」


 頭を下げる私の後ろで、ナジャは多分顔を引きつらせているでしょうね。というか、ほんの数年でこの子が成長するかしら。正直、私も疑問に思っているのよ。

 同じことを、クロード様もアルセイム様もお考えのようだった。


「これは、無理そうですな」

「はい。最初に会ったときと、そう変わってはいませんからね」

「ま、まあ人と龍の時間は違いますから!」


 こらナジャ、つい先ほどアナンダ様がお使いになった言葉を借りるんじゃありません。それと、それでは困るから。


「それでは、私が困るのよ? 今は基本的に身内の前に出ているだけだからいいけれど、アルセイム様の妻となったら他の方々の前に出る機会も多くなるんですからね」

「は、はあい」


 その困る理由を言葉にしてみせると、さすがにナジャもおとなしくなってくれた。いえ、守りとしては最強この上ないのだけれど、侍女としてはまだまだですものね、彼女。

 そうして、ナジャが私についているその意味を考えつつ言葉に示されたのは、彼女と同じ龍であるアナンダ様だった。


「人の世の道理を身につければ、後々龍女王の跡を継ぐことになっても人とうまくやっていけるだろう。おそらく、そういうことなのではないかな」

「人のほうが龍神様の道理を身につけられればよろしいのですが……たしかにこちらは、あっという間に代替わりしてしまいますからね」


 クロード様が、ため息混じりに応えられる。本当ならば、人が龍神様に合わせなければいけないのだろうけれど、それでは寿命の関係もあって手間がかかる、とそういうことらしい。

 だからといって龍神様に人の道理を押し付けるのもどうかと思うのだけれど、それは良いらしい。アナンダ様もナジャも、それに異を唱えないからだ。


「そういうことさ。ただ、気に入った家の行く末をじっくり見ていくつもりはあるからな」


 そうおっしゃってくださったアナンダ様が、軽く座り直される。そうしてまっすぐに見つめてこられたのは……私、だった。


「俺はグランデリアの家を見守っていくつもりはあるし、そこに入ってきたエンドリュースの娘にも興味はある。良い家を、見せてくれよ」

「はい! お任せください、アナンダ様」


 ああ、龍神様のご厚意に背くわけにはいかないわ。もちろん、アルセイム様とともにグランデリアのお家を守っていく所存でございます、見ていてくださいませ!

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