32話 またも面倒なお客人
とりあえず、皆でぞろぞろと玄関ホールまで向かう。アルセイム様が何やら困ったようなお顔をされていたので、私が笑ってみせたらほっとされたようだ。……おそらく、原因は今回おいでになられているらしいカルメア様ね。
ああ、おられたわ。前回以上に派手な、異国の鳥のような虹色のドレスをまとわれたミリア様。その隣りにいるのが多分カルメア様なんだろうけれど、えーと前にアルセイム様より3つだか年下、とか伺ったんですけど。
どう見てもパトラとそんなに変わらない感じの、お嬢様。ミリア様譲りの赤みがかった金髪はふわふわとして、リボンで2つにまとめられている。フリルとリボンどっさりの白とピンクのドレスだって、もっと幼い娘さんが着るようなものじゃないかしら。
「レイクーリア! あなたまだいたの!」
「まああ、あなたがレイクーリア?」
ぽかーんと呆れていると、ミリア様を押しのけるようにしてカルメア様の方から話しかけてこられた。ちょっと高めの、作ったような声。ああまあいいわ、きちんとご挨拶をしなくてはね。
「あなたがカルメア様ですね。初めまして、エンドリュース家より行儀見習で来ております、レイクーリアと申します」
「は、初めまして。スリーク家の娘、カルメアでございます」
おお、あちらからもちゃんと返して来られた。良かったわ、ご挨拶もできないような方がアルセイム様のお身内だなんてことになったら、アルセイム様がおかわいそうですもの。なんだったら、私が叩き直して差し上げますけれど。
なんて感心していたのはほんの一瞬。カルメア様はくるりとアルセイム様に視線を集中して、こんなことを言い放ったのよね。
「アルセイム様、絶対わたくしのほうが可愛いと思うのですが!」
「と言われても、俺はレイクーリアの方が好みだからなあ」
あっさり一刀両断。従妹相手だからってアルセイム様、はっきりおっしゃい過ぎですわ。私としては嬉しいのですけれど。
「どうしてなのよ? カルメアよりレイクーリアを選ぶ理由が、どこにあるのかおっしゃい」
「全部ですね」
「わあアルセイム様素直すぎー」
「……」
ミリア様が重ねて来られた質問には、なんと一言でお答えになった。ナジャが思わず口にした台詞も分かるわ。あとトレイスは困った主を持ったわね、ええ。
「レイクーリアは可愛いし、頭もいいし、何より強いからね」
「ま」
「……お強い、のですか」
「エンドリュース男爵のご令嬢だからね。龍女王様にも気に入られているんだよ、彼女は」
ちょっとちょっとアルセイム様、ミリア様が目を丸くされておられるじゃないですか。カルメア様もぽかーんとされて。あ、トレイスが眉間を指で揉んでいるわ。頑張ってね、トレイス。
「カルメア、少し黙りなさい。私はクロードに話をしに来たの」
「は、はい、お母様」
さすがに話が進みそうになかったからか、こめかみに青筋を立てながらミリア様が乗り出してこられた。まあ、アルセイム様のお言葉がこのまま続いていたら私、顔がまっかっかどころではなくなってしまいますものね。
とは言え、クロード様はパトラと一緒に外出中。さて、どうしましょうか……と思っている暇もなかったわ。
「大体、姉が来たと言うのにクロードは何をしているの?」
「叔父上なら、パトラと一緒に視察に出ていますが」
「パトラ?」
アルセイム様が、パトラの名前を出して答える。その名に、ミリア様が一瞬目を見開かれた。それから眉間にしわを寄せてとっても難しい顔になって、アルセイム様に詰め寄る。
「誰よ、それ」
「叔父上の娘、ですが」
「クロードの娘?」
アルセイム様のお答えを聞いて、もっと難しいお顔になるミリア様。クロード様はグランデリアの家を長く離れてらしたのだから、外にお子様がいても何の問題もない、と思うのだけれど。
「そんなのいるわけないじゃない。あの子、種無しなのに」
『は?』
それが大問題なのよ、とばかりにミリア様がお答えをくださった。トレイスも含めて私たち全員の反応に、ミリア様は一瞬不思議そうな顔をされてから「ああ」と頷かれる。
「……そういえば、ずっと家を出ていたからアルセイムも知らないのね。兄様もあまり人に話すことじゃない、とかおっしゃってたし」
「本当なんですか、それ」
「15のときにちょっとした流行り病にかかったんだけど、あの子無理してこじらせて高熱出してね」
流行り病。ない話ではないし、いくらアナンダ様の守護される水源を持つ領地だからって完全に病を防げるわけではないのよね。
「何とか治ったんだけど、その後で念のため調べてもらったら子種が死んでたんですって」
熱で子種が死ぬ。そういうこともあるのね、と私はふんふんと納得した。さすがに、殿方のお身体のことについてまでは詳しくは知らないもの。
「クロードがあくまでも代役の公爵でしかないのは、そういうことなのよ。血の繋がった跡継ぎが、全く見込めないから」
そうしてクロード様の現状に至る理由をきっぱりと口にされて、ミリア様はふんと腰に手を当てられた。