31話 水も滴る素敵なあなた
とりあえず、アルセイム様にお会いするために部屋を出た。もちろん、龍神様のメイスはしっかり握ったままである。ブランドにはお部屋で寝ていてもらいましょう。
アルセイム様のお部屋に向かう途中、ちょうどあちらからトレイスを連れたアルセイム様と出くわした。まあ、これはとっても幸運。私の思いが通じたのかしら……じゃなくって。
「アルセイム様」
「レイクーリア?」
私に視線をくださって、アルセイム様は軽く首を傾げられる。ああ、私より愛らしく思えるのは私がエンドリュースの娘だからかしら。
と、そうではなくて。気を取り直して私は、ナジャにちらりと視線を向けた。
「失礼します。ナジャ」
「はーい、ごめんなさいねー」
「ぶわっ!」
「わっ」
ねー、の声が聴こえるのとほぼ同時にアルセイム様とトレイスに、ばっしゃんとお清めの水がぶっかけられる。水も滴るいい男とはまさにこの事……ええ、すぐに乾いてしまうのが正直もったいない、なんて口にしたら怒られそうね。
ぶるる、と頭を振るったトレイスが慌ててアルセイム様に駆け寄る。一方のアルセイム様はぽかーんとなされているだけで、このあたりは育ちの違いもあるのかしらね。
「アルセイム様!」
「い、一体何を……あれ」
「いかがでしょうか? アルセイム様」
「何だか、胸の内が軽くなったような……」
私の問いにぽん、と胸元に手を当てられてアルセイム様がお答えになる。トレイスが不思議そうに私とアルセイム様を見比べて、それからやっと髪も服も乾いていることに気づいたようだ。
「……これは」
「本当にすぐ乾くのね」
「伊達にアナンダお兄様の水じゃないですもん。効果もバッチリ」
いえナジャ、あなたが偉い……のは偉いのか、アナンダ様に繋いでくれたんですものね。でも、胸を張るのは違うわよ。アナンダ様のお力のおかげなんだから。
さて、まずはアルセイム様に説明をしなくてはならないわね。いきなり水ぶっかけられて、普通ならかんかんにお怒りになってもおかしくないんですもの。
「君が俺に害を加えるわけはないんだが、説明して欲しい。どういうことだ? レイクーリア」
「はい。実は」
それにしてもアルセイム様、私があなたに害を加えるわけがないとご理解くださっていてレイクーリアはとても嬉しいですわ。もちろん、私の力はあなたをお守りするためのものですから。
私とナジャの説明を聞いてくださって、アルセイム様は「なるほど」と深く頷かれた。トレイスも、「次いきなりやったら怒りますよ」くらいで収めてくれたので、よしとするわ。
ただその後で、アルセイム様は深刻なお顔をされて、私をまっすぐに見つめてこられた。
「それじゃあ……あまりはっきり言いたくないんだが」
私はじっとアルセイム様のお顔を見つめたまま、次のお言葉を待っている。私自身、その言葉を自分で言うのが難しかったみたい。
「レイクーリアは、パトラを疑っているんだね」
「………………はい」
頷く。
だって正直、おかしいんですもの。
パトラに酷くまとわりつかれた晩にあの夢を見たり、パトラが持ってきたプチケーキの影響が私やグランデリアの皆に出ていたり。
でも、疑いきれないのも事実だから、それを私は素直に口にした。
「とは言え、パトラは公爵閣下のご令嬢ですし、私にとてもなついてくれています。グランデリアの家やこの私に手を出すだけの理由があるのかどうか、それがわからないのです。ですから、まずはアルセイム様や皆様をお清めするのが優先かと思いまして」
「そういうことか。今ならパトラは、叔父上と一緒に外出中だものな」
アルセイム様は、私の言葉を特に確認することもなく頷いてくださる。私のことをとても信じてくださっているのが分かって、ちょっと涙が出そう。ええ、アルセイム様のためにも私、がんばりますわ。
ぐっと拳を握ったところで、背後から足音がして慌てて振り返った。
「アルセイム様っ」
「ブランド?」
あら、もう目が覚めたのね。と言っても何だか歩き方がちょっと不安定で、お腹を押さえているのは私が一撃いれたせいだと思うけれど。
「どうした、腹でも壊したか」
「はは、どうもレイクーリア様に間の抜けた主張をぶちかまして叱咤されたようでしてな」
アルセイム様の質問に、ブランドはとっても困った顔をして髪を掻いた。間の抜けたってあれかしら、パトラに関する発言。……覚えているのね、と感心する。
「まあ、自覚あるのね」
「これが意外に覚えておりましたよ。失礼を申し上げました」
深々と頭を下げられて、さすがに少々バツが悪いわね。それより、慌てて来られたのなら用件があるはずね。そちらを聞いてみましょう。
「いえ、かまわないわ。それより、いかがなさったの?」
「ミリア様が、カルメア様とともにご来訪なさいました」
「うわ、今日はカルメアもか」
ミリア様と、カルメアって確かミリア様の……だからスリーク伯爵のご令嬢でしたっけ。この前はおいでになってませんでしたけど、今日はおいでなのですね。
「カルメア様が、ぜひともレイクーリア様にお会いしたいと仰せなのですが」
「……分かりました。参ります」
「すぐに行く。待たせておいてくれ」
「承知いたしました」
ブランドが急いで去っていくのを見送りながら、ちょっと考え込む。どうしてカルメア様、私に会いたいのかしら。
あーめんどくさい、早くミリア様にお帰りになってもらって、ジェシカ様のところに行かなくちゃ。さすがにナジャだけ派遣するのは怖い、し。