29話 使用人にもお尋ねよ
朝食をとった後、ナジャは大急ぎで龍神様の元に向かった。アルセイム様はトレイスとともに、ジェシカ様の御見舞をされている。ついでに何か調べられないかと考えているようだったけれど、あまり無理はしないでほしいものだわ。
そうして私は、ブランドのもとで書物に目を通している。この屋敷にある宝物や書籍と言った、いわば財産リストのチェックね。
……ええ。貴族当主の夫人ともなれば、屋敷に飾られている絵画や壺などの出自は覚えておくのが当然らしいわ。最悪、側近が覚えていればいいのでしょうけれど……私の場合、ナジャですものね。ちょっと不安で。
とは言え、普段から一緒にいるのが当たり前なのでブランドがちょっと気にかけたみたい。尋ねられたわ。
「本日は、ナジャ殿がおられないようですが」
「私のお使いで、少々出かけてもらってます」
「何でしたら、グランデリアの使用人をお使いくださっても良かったのですが」
ブランドの言うように、グランデリアの使用人を使っても良いお使いなら良かったのだけれどね。
「私個人の用件ですの。まだグランデリアを名乗らない身分ですから、さすがにこちらの使用人を使うわけにはいきませんわ」
「なるほど。了解いたしました」
一応それなりの理由をつけて、ブランドには納得してもらったわ。ゆくゆくはアルセイム様の妻になるとは言え、今の私はまだエンドリュースの娘として行儀見習に来ている立場ですもの。グランデリアの使用人をほいほいと使うわけにはいかないの。
使うわけにはいかないけれど、話をすることはかまわないわよね。聞きたい話もあることですし。
「昨日、パトラがプチケーキを差し入れてくれましてね。とても美味しかったのですが、彼女はいつも作っておられるのですか?」
「おや。パトラ様のケーキを、ですか」
その話を振ってみると、ブランドは少し驚いたように目を見開いた。あら、何だか嬉しそうな顔をしているわね。
「よく、ジェシカ様には差し入れていらっしゃるようですね。主治医や使用人たちにも、たっぷり振る舞っておられるようです」
「まあ」
……やっぱりか、とは胸の中だけで呟く。『プチ』ケーキなのだから、多くの人に振る舞うことを前提とされているようだったしね。クッキーのような、それこそ大量に作れる焼き菓子でないだけマシなのかしら。
ブランドは、口にしたのかしらと気になった。
「あなたは、食べたことはありますか」
「はい。正直申し上げまして私、甘いものは苦手なのですが、パトラ様のケーキは美味しく頂けました」
「あら」
「……それがですね、レイクーリア様」
あらそうなの、と答えようとした私の言葉を遮るように、ブランドが言葉を続けた。ちょっと待って、このパターンってもしかして。
「パトラ様がケーキを差し入れされるようになってから、どういうわけかジェシカ様のお身体が目に見えて悪くなっているのですよ」
「え」
「せっかくパトラ様が手ずからお作りくださったケーキだと言うのに、どうしてジェシカ様が体調を崩されるのかが私には分かりません。逆に、お元気になられてもおかしくはないというのに」
「は?」
「旦那様の愛娘であらせられるパトラ様は、我々グランデリアの使用人にとっては大事な大事な主でございます。そのパトラ様から賜ったケーキ、我々にとっては元気のもとでありパトラ様にお仕えする褒美の品であるのにもかかわらず、ジェシカ様はっ」
間違いなくこれは、あの時のジェシカ様と同じパターン。彼女よりも、悪化しているじゃない。
というかブランド、あなた仕える相手を間違えているでしょう。ジェシカ様でもクロード様でもましてやアルセイム様でもなくて、パトラと言っているのだから。
ああもううるさい、リスト読んでいる場合じゃないわね。龍神様のメイスを、いつも持っていてよかったわ。
「ひとまず、ブランド」
「何でございましょう、レイクーリア様」
私が椅子から立ち上がったところで、パトラを褒め称え続けていたブランドがやっとこちらに気づいた。ええ、遅くてよ、その反応。
「お休みいただけるかしら?」
「ごぶぉっ!」
腹に、メイスで一撃。もちろん手加減はしたけれど、その一撃でブランドはお腹を抱え込んで、そのまま床の上に崩れ落ちた。
……それにしても。
敵はパトラ、ということなの? それとも、パトラの後ろに誰かがいるのかしら。
「パトラは良い子ですもの、敵なんてことはありえない……わ?」
そう言ってしまってから私は、自分が何を言っているのかしらと首を傾げた。
ええ、そうよ。パトラはクロード様の娘で、私のこともお姉さまと呼んでくださって、とても優しい子じゃないの。
あの子が、そんなわけ、ない、わ。