25話 何処かからの声、再び
ずん、と身体に何かがのしかかる。しまったわ、この私としたことが。
けれど、この感覚は知っている。前にも、こんなことがあったわね。
『りゅうのちは、うまいのう』
やっぱり。あの時の夢と同じ声、同じ台詞。おのれ、次に会った時は殴るはずだったのにやっぱり目が開くだけなんて。
まあ、夢の中と言ってしまえばそれまでなのだけれど。
『くかかかか、そなたらはすでにわしのてのなかじゃ。のがれるなぞ、むり、むりい』
あら、台詞が変わったわ。
……悔しいけれど、そのようね。だってほら、私は今身体を動かすことすらできないもの。夢の中ではナジャを呼ぶこともできないし、メイスもきっと夢の外だわ。
『そなたも、あるせいむも、たいへんにうまいちをもっておるの』
お待ちなさい。今、アルセイム様のお名前を出したわね?
ジェシカ様に続いて、アルセイム様にまで手を出すつもりなの、お前は。
何てこと……現実で会ったが最後、お前の生命はないと思いなさい。龍神様のメイスをもって、全力で叩き潰して差し上げるわ。
とは言え、言葉に出来ないこの状況。相手は私をせせら笑い、そうして言葉を続ける。
『じぇしかをくらいつくしたあとは、そなたらをいただく。そのあとは』
まだ、後があるの? 冗談ではないわ、どこまで『龍の血』を喰らえば気が済むの?
『そなたらにうませた、こどもじゃ』
なあんですってええええええ!?
「主様、主様ー?」
「……あ」
よ、良かった。夢の外にいたナジャが、思いっきり枕で叩き起こしてくれたわ。お陰で何とか、目が覚めた。
「もんのすごくうなされてましたですよ?」
「……おのれ、また戦えなかったわ」
起き上がったところで思わず口に出して、悪態をつく。さすがに、ナジャ以外がいるところでこんなセリフは吐きませんわよ、貴族の娘としてみっともないもの。
「また、ですか?」
「ほら、前に言ったことあるでしょう、変な夢の話」
「あー、はい……また見たんですかあ?」
ナジャ、呆れ顔になってもらっても困るのよ。私だって、あんな夢見たくはないもの。
でも、あの夢の相手はまた余計なことを口にしたもの。私だって、黙っているわけにはいかないわ。
だから、私はたった今見た夢の内容を全力でナジャにぶちまけた。そうして、一番腹の立つことを思いっきり力を込めて吐き捨てる。
「私だけならともかく、アルセイム様にまで手を伸ばすつもりなのよ。あの魔女、らしい敵は」
「それはいけません。主様、頑張ってぶん殴らないと。私みたいに」
「そうよね」
いえ、あのねナジャ。自分みたいに、ってそれでいいの?
確かに私は、エンドリュースの娘として自分が持つ全力であの敵をぶっ叩く気、ですけれど。まあそれは、ナジャも同感みたいだし。
「それにその、えーとなんですか、主様たちの後」
「私たちに産ませた子供、ね」
「うわ、最っ低。そこに行く前に、全力で抹消するしかないですよねっ」
全くよね。ジェシカ様、私とアルセイム様、そうしてその次の世代。
あの夢の敵がナジャの言っていた魔女なのならば、そいつはそうやってエンドリュース、そしてグランデリアの家に寄生して生きていくのでしょう。冗談じゃないわ。
ナジャに手伝ってもらって衣服を整えながらそんなことを考えていると、不意にそのナジャが変なことを口にした。
「……昨日、パトラ様がおっしゃったことと被りますねえ」
「え?」
「ほら、だってパトラ様、主様とアルセイム様のお子様早く見たいとか何とかおっしゃってたじゃないですかあ」
「……そういえば」
昨日は、パトラがいきなりプチケーキを手土産に部屋に押しかけてきた。アルセイム様との内緒話が聞かれていなかったのは幸いだったけれど、結局その後はパトラに振り回されっぱなしで。
あの子は確かに、私たちの子供を早く見たい、と言っていたわ。
これは、偶然なのかしら。それとも。
「ナジャ」
「はい」
「この部屋の外では、それを誰にも言わないようにね」
「あ、はい。ですよねえ」
さすがに、憶測を部屋の外に出すことはできない。クロード様の娘で、アルセイム様の従妹に当たるパトラは、だから普通の女の子のはず、なんだから。