23話 婚約者同士のひそひそ話
何となく、アルセイム様に話しかけた。ジェシカ様のこと、とても気になるから。
「……アルセイム様、このまま私のお部屋でお話しませんこと?」
「ああ、いいね」
私のお願いに、アルセイム様はふわりと微笑んで頷いてくださった。多分彼も、同じことを考えていてくださると思うの。
「あ。それじゃあ先に戻ってお茶の準備、しますねえ」
「お願いね、ナジャ」
ナジャの提案に、私は頷いて先行してもらう。先に準備をしてもらえるなら、すぐに話にも入れるだろうしちょうどいいわ。
こちらの護衛はトレイスがいるから、アルセイム様には危険もないはずだし。……いざとなる前に、私が動くつもりだけど。
もっとも、そんな心配をするまでもなく私の部屋にはあっという間に到着するのよね。トレイスが率先して開いてくれた扉に、まずは私が入った。アルセイム様は戸口を通り過ぎかけてからフッと振り向いて、ご自身の侍従に指示を下される。
「トレイス、表を頼むよ。婚約者同士の話だし、あまり人に聞かれるのは恥ずかしいからね」
「お任せを」
まあ、アルセイム様ったら……なんて照れている場合ではないわね。人払いをお願いしたのは多分、あまり外には漏らしたくない話だから。
ナジャが準備してくれたお茶と、お茶菓子のチョコクッキーを並べてもらう。アルセイム様にはお1人用のソファに座っていただいて、まず私はナジャに話を向けた。
「ねえ、ナジャ。どうだったかしら」
「はい、空気が前にもましてめっちゃ変です。特に、ジェシカ様の寝室が」
「だろうな」
「やっぱり」
人ではないだけに、私たちよりも何だかんだで敏感な彼女。故に、その証言はとても頼りになる。
そのナジャが、とても空気がおかしいという、ジェシカ様のお部屋。まあ、言葉遣いに関しては今更だけど。
しかし、その空気の中にずっといるジェシカ様や、ブライアンをはじめとする使用人たちはどうなのかしら。あのジェシカ様の取り乱されたお姿を見てると、影響はとてもあると思うのだけれど。
「……ジェシカ様と使用人に関してはどうかしら」
「えっと、変に興奮された時が何か変でした。こう、言っちゃアレなんですけど、飲ん兵衛の人がお酒切れたときとかみたいな感じで」
「……それって」
「母上が、何かの中毒になっているということか?」
アルセイム様のおっしゃる通り、なのでしょうね。ところでナジャ、あなた飲ん兵衛の人間がお酒切れたときの様子どうして知ってるのかしら。うちはお父様もお兄様もせいぜい嗜まれる程度だし、私もそうよ。
それにしても、何かの中毒って何、かしら。一番可能性があるのは主治医から処方されるお薬、でしょうけど。
「しかし、うちの主治医がそんな薬を処方しているとは思えんが」
当然、そのようなことはアルセイム様だってお察しだわ。まあ、後で何とかして確認してみる必要はあるけれど。
でも、薬が怪しくないとしてもジェシカ様のご容態の理由、納得できるわね。
「確かにそうですわ。ですが、ナジャの言う通りならお身体が回復されないのも分かります」
「……まあ、確かにな」
私が口を添えると、アルセイム様はとても難しいお顔になられて、それでも頷いてくださった。そのまましばらくの間、じっと考え込まれて……不意に、お顔を上げられる。
「どうして母上が、パトラに対して敬語を使ったりするんだ」
「え」
そのお言葉に、私は慌ててついさっきの記憶を引っ張り出す。……そう言えばジェシカ様、『朝早くから来てくださって』とかおっしゃってたような。確かに、その前のお話から考えて対象は、パトラよね。
「……とはいえ、パトラに怪しいところってありますかしら」
「母上にもなついているし、レイクーリアとも仲が良いしな」
「そもそも、公爵閣下のご令嬢ですものね」
「ああ。叔父上がこの屋敷に来た時に、一緒についてきたんだ」
……なるほど。パトラのお母様が亡くなられて、パトラはクロード様に引き取られた。その後先代の公爵閣下が亡くなられ、後継という形でクロード様がこのお屋敷に入られた時にパトラも一緒についてきた、わけか。
さて。クロード様って、そもそもは何をなさってたんだろう。
「そう言えば公爵閣下、爵位を継がれる前は何をなさってたんですの?」
「……いや、叔父上はグランデリアの家をしばらく離れていたから、あまり詳しいことは俺も知らないんだ。父上は連絡を取っていたようなんだが」
「まあ、ご兄弟でしたら特におかしくはありませんわね」
私だって、グランデリアのお屋敷に入ってからも時々エンドリュースの家にお手紙書いたりしてますもの。文章書くのは少々苦手ですので、日記か報告書みたいな形になってしまうんですけど。
私の文章力はともかくとして。先代閣下のことだったら、古い使用人がもしかしたら覚えているかもしれないわ。ほら、例えば。
「そのあたり、ブランドなどはご存知じゃありません?」
「そうだな。そうか、ブランドか」
良かった。アルセイム様のお力に、なることができたわ。
ほっとして口に運んだお茶は、甘めで美味しかった。