20話 頑張らなくっちゃ
おのれ、夢め。
夢の中ででも身動きさえ取れていれば、あのような不覚を取ることはなかったのに。
「ふん!」
少々はしたない言葉遣いが頭の中をぐるぐる回る。そんな時でも、私の手は龍神様のメイスを確実に振っている。
「はっ、はあっ!」
朝の涼しい空気の中、私は気合を入れながらメイスで素振りを繰り返している。一晩休んだおかげで体力はすっかり回復していたものだから、今朝は元気に鍛錬をしているの。
エンドリュースの家では普通のメイスを使って、裏庭の木々を相手に素振りをしているのだけど。さすがにグランデリアのお屋敷で、その周りにある木々をぶっ叩くわけにはいかないもの。
「主様、気合入ってますねえ」
「当たり前よ。現実であんなことになったらエンドリュースの名が笑われてしまうわ」
「その時は、私が本気出しますけど」
「あなたに本気を出されたら、周囲への被害がひどくなるでしょう?」
「あうー」
横で私を見てくれているナジャが、さすがに涙目になったようね。ええ、でもあなたが本気で本気を出してしまったらシャレにならないもの。その点、私ならまだ人が起こせる範囲の被害で済むし。
そのナジャが、ふと視線をそらした。私もそれを追ってみる……と、まあ。アルセイム様がこちらに向かって来られていた。ナジャはおとなしく頭を下げ、私も軽く膝を折ってご挨拶をした。
「まあ、アルセイム様」
「レイクーリア、朝から元気そうだね」
「ええ」
そうおっしゃるアルセイム様も、朝からとてもきらきらと輝くような笑顔を見せてくださる。今日はきっと、いつもより良い日になるに違いないわとそんなことを思いながら、龍神様のメイスを握り直した。
「エンドリュースの娘として、身体を鍛えるのは当然のことですから」
「なるほどな。僕も、癒やしの術をどんどん極めていかないと」
私の答えに、アルセイム様は感心されたように表情を改められた。それから、私の顔を軽く覗き込むようにして、お言葉を続けられる。
「君の傷を、癒やさなくちゃいけないからね」
「まあ」
何てこと。
私が傷を負ってしまったら、昨日のようにアルセイム様のお手をわずらわせることになってしまうのね。
これは、私はもっと強くならなければいけないということだわ。アルセイム様をお守りするために、アルセイム様にご面倒をおかけしないために。
……そっと龍神様のメイスをなでていると、アルセイム様からお声をかけられた。
「……何か、あったのか?」
「え」
「いつもよりその……少し、沈んでいる気がする。俺で良ければ、話を聞くけれど」
とてもとても、気遣うような普段よりも低くて、優しいお声。こんなお声で尋ねられて、私が口を閉ざせるわけがないわ。
そうして私はあっさりと、昨日見た夢について説明差し上げる羽目になってしまった。ちょっとナジャ、「うわあ主様ちょろいですねえ」なんてひそひそ言ってくるんじゃありません。
「『龍の力』か」
もちろん、アルセイム様を始めグランデリアの皆様は私のこと、エンドリュースの家のこともよくご存知だ。パトラがどこまで知っているか、は私は知らないけれど、エンドリュースの女のパワフルさについては伝説化するレベルでよく知られているし。
で、アルセイム様は「そう言えば」と何かを思い出したようにお話しくださった。
「母上のご実家は『龍の力』が強く出ることがある、と聞いたことがあるね」
「そうなんですか?」
「うん。それもあって、母上はグランデリアの家に迎えられたらしい」
公爵家への輿入れには、その女性の実家が同等に近いレベルか……もしくは私のように『龍の力』が強く出る家の出か、というのがこの国では常識だ。まあ私の場合、亡くなられた先代公爵閣下と私のお父様が何故か仲が良かったらしく、そのつながりでだそうだけど。
でも、ジェシカ様が『龍の力』が強く出るお家の出となると、つまり。
「そうしますと、アルセイム様の癒やしのお力も」
「そうかもな。レイクーリアと、力の方向性がかぶらなくてよかったよ」
はは、と苦笑を浮かべられたアルセイム様。
確かに、私はこう腕力とか戦力とか、そちらの方向に強く出ているけれど。アルセイム様はつまり、魔術の方向に『龍の力』が強く出られた、ということになるわね。でも、かぶらなくてよかった、って?
「俺は君の傷を癒やすことができるからね」
「まあ」
また、おっしゃった。そう、私が傷ついたら、アルセイム様にご面倒をおかけすることになる。
でもそれよりも、私にとってはアルセイム様が傷つくほうが嫌だわ。だから。
「アルセイム様がいらっしゃるから、私はいつでも先頭に立つ準備はできていますのよ」
「君の背中は、俺が守ってみせるからね」
「はい」
アルセイム様のためにも、自分のためにも、私はもっと強くならなくちゃと思う。
横で顔を引きつらせているナジャ、あなたの力も借りるんですからね。分かっていますか?