117話 夜
「素敵だったよ、レイクーリア」
「ありがとうございます、アルセイム様」
式が終わった、夜。
アルセイム様の私室で、差し向かいでお茶をいただきながら私たちはお互いに言葉をかわす。ナジャもヴァスキも、そしてトレイスもここにはいない。私とアルセイム様の、2人だけ。
当たり前でしょう、だって初めての夜なのよ? いえ、どこかのお国では床入り確認するとか何とかで仕切りの向こうに侍女が構えてたりするところもあるらしいけれど、ねえ。
お客様がたはお帰りになられた方もあれば、お屋敷のあちこちや近くの宿でお泊まりなさってる方もあるそうね。ゆっくり休まれているといいけれど。あ、このクッキー美味しい。
「やはり、君はメイスを掲げて戦っている姿が一番素敵で綺麗だね。もちろん、いつも綺麗だけどさ」
「まあ」
あらもう、アルセイム様ったら。綺麗、とおっしゃってくださるのは嬉しいですけれど、そうそう戦姿をお見せするわけにも参りませんわよ。
「でも、戦が多いのは困りものですわよね」
「そうなんだよな。外から挑まれるのはともかく、内側で戦が起きるということは領主として俺がなっていない、ということになるし」
そういうことですのよ。アルセイム様をお守りするためでしたらいくらでもメイスを振り上げますけれど、でもそれがアルセイム様の失政の結果などということになってしまっては困ります。
……そんなことになったなら、龍女王様が罰を下す前に私が決断しないといけないのでしょうが。
アルセイム様に限ってそのようなことにはならない、と信じておりますわよ。
「それと」
アルセイム様の口調が少し変化されたので、私は慌てて視線を戻す。麗しいお顔に少し陰りを見せながら、アルセイム様は私の顔をじっと見ておられた。
「戦になると、どうしても傷を負ってしまうからね……それは、俺は嫌だな」
「……傷は、当たり前のことですから」
思わず、服の上から軽く腕をさする。
ほんの僅かだけれど、いくつかかすり傷ができていたのよね。いくら相手が多かったとは言え、そんな傷を作ってしまうなんて不覚だったわ。
もちろん、もう傷は跡形もなくなっている。アルセイム様が、癒やしてくださったから。だから私は笑ってみせて、それから答えの言葉を返した。
「それでも、アルセイム様に癒やしていただけるのですから私はうれしいですわ」
「ほどほどにしてくれよ? うちの衛兵部隊はそもそも、当主とその家族を守るためにいるんだから」
「気をつけますわ」
あら。
……まあ、普通は当主夫人が先頭きって戦の舞台に立つことはございませんものね。エンドリュースの女は少々特殊なのであれですけれど。本来ならば、衛兵や私兵の部隊が戦を行うべきなのだから。
基本的にはまず衛兵を出して、それでも駄目なら私が出て、万が一それでも駄目ならナジャとヴァスキに出てもらう、というのがこれからの基本策になるのでしょうね。いえ、衛兵など出さなくて良いと言うのが一番ですけれど。
「アルセイム様も、お気をつけてくださいましね。あなたの優しさに付け込んでくる輩がいない、とも限りませんから」
「俺は優しくないけれどな。君以外には」
え。
あらいやだ、アルセイム様ったらご自覚ございませんの? そんなだから魔女とか魔女とか魔女とかに付け込まれるんですのよ。
ああ、やはり私がアルセイム様をお守りしなくてはだめね。頑張るわよ、レイクーリア・エンドリュース……じゃなかった、レイクーリア・グランデリア。
「あの」
それで思わず、私は声を上げた。そうよ、アルセイム様の妻となったのだからきちんと、ご挨拶をしなくては。
「アルセイム様……あの、旦那様とお呼びしたほうがよろしいでしょうか?」
「レイクーリアの呼びやすい呼び方で構わないよ。どんな風に呼ばれても、俺は俺だし」
「はい。ではアルセイム様」
ああ、良かった。ジェシカ様が旦那様、とかお呼びしていたりしたから、呼び方を変えなくてはいけないかしらと思っていたのよね。そのままでいいのなら、そのままで行こう。
「今後とも、よろしくお願い致しますわ」
「ああ。こちらからもよろしくお願いするよ」
お互いに、ソファに座ったままだけれど深く頭を下げる。しばらくして顔を上げると、ちょうどアルセイム様も同じようにお顔を上げられたところだった。
そうして、満面の笑顔でアルセイム様はおっしゃった。
「さしあたっては……今宵は、お手柔らかにな」
「はいっ!」
もちろんです。でも、あの……初めてですので、加減が分かりませんわ。一応手順などは、メイド長から伺っておりますけれど。