116話 いい話にしたかったらしい
「この姿では、さすがに威厳がないわね」
そう、軽く首を傾げて龍女王様はおっしゃった。次の瞬間、全身が淡い光に包まれて、その光がにゅうと天空に向けて伸びていく。長く、長く伸びてその姿は、深い青緑の鱗を全身に持つ龍神様の姿へと変化した。
以前にもお会いしたことのある、これが本当の龍女王様のお姿。私は二度目だからともかくとして、さすがにお客様がたには初めてご覧になる方も多いはず。ああ、皆様ひれ伏していらっしゃるわ。
『……あら。何もかしこまらなくていいのよ。お顔を上げてちょうだいな』
元のお姿に戻られた龍女王様は、それでも同じように首を傾げられてそうおっしゃる。そのお言葉を聞いて恐る恐る顔を挙げられる皆様をゆっくりと見渡されてから、龍女王様はお言葉を続けられた。
『我ら龍神は、アルセイム・グランデリアとレイクーリア・エンドリュースの婚姻を正式に認め、ここに祝福を贈りましょう』
「ありがとうございます、龍女王様」
「龍女王様より直接のお言葉をいただき、光栄です」
あ、いつの間にか私の隣に、アルセイム様が来てくださっているわ。思わずその腕を取ると、アルセイム様は私に視線を向けて、優しく微笑んでくださった。ああもう、なんて素敵なのかしら。
『見ての通り、相思相愛たるかの夫妻に幸せが降り注ぐよう、彼らの治める領地に大きな災いが起きぬよう、祈りましょう』
龍女王様、とても嬉しそうな顔をされて……いるんだと思うのだけれど、さすがに龍神様の表情は分からなくて。でも、少なくともお声は嬉しそうだから、喜んでいいのよね。
と、ここで龍女王様の目が厳しくなった、気がする。
『無論、彼らの心に悪が芽生えればその限りではありませんわ。その折には、それなりの災いが降り注ぐことになりましょうが』
気のせいではなかったわね。お言葉と同時に、背筋がびりりと震えたもの。
ええ、そうね。せっかく様々な龍神様に祝っていただいているのに悪心など宿そうものならそれこそ館ごと、領地ごと消されかねませんわ。
あ、ぎろりと睨まれた。
『そのようなことにならぬよう、祈っておりますわ』
「はい、分かっております」
「精進いたしますわ」
『よろしくお願いいたしますわね、愛し子たちよ』
精進、精進。まだまだ、私もアルセイム様も自らを鍛えなくてはならないわ。力もだけれど、心も。悪の誘惑に自力で耐えきって反撃できるくらいには、鍛えなくては。
「かんぱーい!」
「かんぱーい!」
龍女王様がお姿を消されてすぐ、戦場は改めて宴会場に早変わりした。あのような模擬戦でもお客様がたには満足して頂けたらしく、あちこちで酒がどんどん消えている。
「あー、人の宴は楽しいわね!」
「母様……」
……ええ、龍神様としてのお姿を消されただけなのよね。今度はどこかの貴婦人のようなお姿になって、私たちと一緒にお酒を召しておられる。あ、お給仕をしてくれているナジャが顔を引きつらせているわ。
「偉そうなことおっしゃってても、メイドに紛れ込んで楽しむっていうのはどうかと思うんですう」
「だって、こうでもしないと紛れ込めないでしょう?」
「気づいたからと言って、我らにだけ分かる殺気を送ってくださるのもどうかと思うんですが」
「バレたら楽しめないじゃないのー」
同じくお給仕のヴァスキに、にっこり笑って応えられる龍女王様。あ、2人には気づかれてたけど脅して黙らせていたんですかそうですか。さすがはナジャのお母様、なんて口には出しませんけれど。
グラスを一気に空けられて龍女王様は、アルセイム様に視線を移された。
「グランデリア……ええと、アルセイムでしたわね」
「はい」
アルセイム様が頷かれると、龍女王様は目を細められる。そうして、お言葉を続けられたのだけれど。
「この子のことは、メルティアからもよろしくって言われているの。泣かせたりしたら承知しないわよ?」
「は、はい」
「お母様、ですか?」
えー。
お母様、亡くなられる前に龍女王様にお会いしててもそりゃおかしくはありませんけれど、でもいいんですか、それ。
「いいのよ。メルティアはユースタスに嫁いできたんだから、エンドリュースの女だし」
すごく大雑把だとか、龍女王様はエンドリュースの家族の名を覚えていてくださるんだとかいろんなことを思いながら、私は何だか嬉しかったわ。