115話 師匠との戦い
数は減ってきているけど、まだまだね。グランデリアの衛兵も、エンドリュースのメイドも、元気そうに私を狙って槍を突き出してくるわ。
「おらあ!」
とは言え、今の私にはその槍の速度はとても遅く見える。見えるから、ほんの寸前でかわしながら槍の穂先だけを叩き折るなんて芸当もできるのよ。
もちろん複数を相手にするのは少々無茶だから、メイスは片手で振ってもう片手や足で他の穂先をそらしたり、掴んで折ったりしているけれど。
槍が使えなくなると、当然敵との距離は縮まるわ。あ、さすがに今回は飛び道具や攻撃魔術の使用は不許可なので、そこは考えなくてもいいわね。だって、向こうにそれが使えるなら私はナジャとヴァスキを使うもの。
「はあっ!」
「甘い遅い弱い!」
一斉に数名が木の剣で切りかかって来るんだけれど、それで命中できるほど私は甘くないし。振り上げた連中には懐に飛び込んでそのまま跳ね飛ばすし、突いてくる相手だって切っ先を避けてメイスを叩きつけるし。
「たあ!」
「ぎゃっ!」
つい回し蹴りをしたら、まあ見事にふっ飛ばしてしまったわ。後で癒やしていただいてね、と思いながら態勢を立て直す。
そこに、ふっと影がさした。その主を確認するより前に、何かを感じて横に飛ぶ。ああ、今私がいた位置に木の大剣が叩きつけられたわ。さすがにあれは、直撃していたら私でも危なかった。
その大剣を振り回すのは、やはりというか彼女だった。
「レイクーリア様、参ります!」
「メイド長!」
彼女に関していえば、剣を振り上げたところで懐に飛び込んでも恐らくは届かない。私と同じ、というか私の師ということで足癖は悪いので、確実にカウンターでキックが入ってくるのよね。
だから、メイド長とは真正面から殴り合うしかない。足の動きにも、手の動きにも注意しながら私はメイスを、彼女は木の大剣をガシガシとぶつけ合う。
「はあっ!」
「おっと!」
大剣の重量もあるのだけれど、メイド長の一撃は重い。耐えきれない重さではないけれど、それも限度がある。
「く、やはり重いですわね」
「それはこちらの台詞ですわっ」
あら、私のメイス攻撃も重いようね。良かったわ、これでも強くなっているんですもの。
そんなことを言い合っているうちに一瞬ガン、と強く武器をぶつけ合った私たちは、少しだけ距離を置いて構え直した。既に周囲は叩き潰したり衝撃波で吹っ飛んだりしていて、残っているのは私とメイド長だけ? ああ、また鍛え直さないとね。
まあ、それはともかく。
「さすがはレイクーリア様、よくお鍛えになられました」
「あなたのおかげよ、メイド長」
「光栄に存じます」
最後の一撃の前に、軽く言葉をかわす。お互い、ここは一発で決めるつもりだというのは分かっている。周りで見ているお客様たちも、固唾を呑んで見守っていてくださってるし。
じり、じりと僅かに動く。互いにタイミングを見計らって、そして。
「おおおおああああああ!」
「はああああああああっ!」
同時に私と、そしてメイド長が地面を蹴った。メイスと大剣が全力でぶつかり合って、そうして。
ばきん、と音がして、メイド長の大剣が中ほどで折れた。きりきりと飛んでいく切っ先には目もくれず、というかそのまま勢い余って私のメイスが、メイド長に振り下ろされかけた、とき。
「はい、それまで」
何というかお気軽な、女性の声。それだけで、メイスはぴたりと動きを止めた。私にしてみれば、メイスを背後からガシッと掴まれて止められたという感覚だわ。
というか、今の声はもしかして。
「うふふ。レイクーリア、あなたの実力と覚悟の程、しっかりと見せていただきましたわよ」
そんなふうに笑ったのは、先ほど控室に私を迎えに来てくれたメイド。あの、さっきとは声が違うといいますか今の声なら私も聞いたことがあるので正体がバレるので声を変えていたのですか、もしかして。
……と、いいますか。
「……あなたまで何やってらっしゃるんですか、龍女王様……」
「だって、見たかったんですもの」
ナジャよりもう少し年上っぽく見えるメイド、の姿をして、龍神様の女王陛下はほにゃんと笑ってくださった。いいんですか、それは。