114話 まずは雑魚から
「これより、グランデリア公爵家令息夫人となるレイクーリア様のお力を、我らとの戦にて確かめる!」
扉の前で出番を待っていると、外から声が聞こえてきた。ああ、あれはブランドの声だわ。クロード様の名代として、グランデリアの衛兵部隊に気合いを入れているのね。
「レイクーリア様はエンドリュース家の血と伝統を受け継がれる、強き乙女。なれど、我等とてグランデリアを、そしてエンドリュースを守るために武器を取り集いし者たち」
続けて、聞き慣れたエンドリュースのメイド長の声も聞こえる。……あの2人が衛兵やメイド部隊の前でどんと立っている姿、想像しただけでわくわくしてくるわね。
「故に我らはレイクーリア様と戦い、その力を試す。もし敗れても、よしんば勝利を得たとしても慢心することなく、自らを鍛え叩き上げていくことを、ここに誓おう。天地にあまねく龍神の方々も、ご照覧あれ!」
「天地にあまねく、なんて言われましてもねえ」
「まあ、お客人へのご挨拶ですし」
ナジャの影響なのか龍神様の特性なのか、ヴァスキもあまり空気は読めない気がするわ。その2人の会話を聞きながら、私はアルセイム様を振り返った。
「では、行ってまいりますわ。終わりましたら、お願いしますわね」
「ああ。軽食の用意は頼んであるから、頑張って行っておいで」
「はい、アルセイム様」
いくらしっかりと食事をとっても、あれだけの人数を相手にするとなると確実にお腹はすくもの。それを分かってくださっているアルセイム様に、私は嬉しくて笑ってみせた。
それと、空気が読めないとは言え龍神様である2人の侍従にはきちんと言い置いておこう。
「ナジャ、ヴァスキ。万が一のことがあったら、お客様のことを第一に考えてね」
「了解ですう。結界はお任せくださいな」
「分かりました。頑張ります」
「よろしくね。さて、参りますわよ」
きちんと頭を下げてくれた2人に頷いて、私は足を進めた。
扉が大きく開かれ、目の前にはすっかり戦準備を整えたグランデリアの衛兵部隊と、エンドリュースの領主護衛部隊が並び立っている。ブランドは戦をする人ではないから、扉の横で深く礼をしてくれているわ。
メイド長は……あ、メイド部隊の最後尾にいるわね。最低でも私は、あそこまで進んでいかなくては。
その前に、戦場を取り囲む観客席で見守っている皆に改めて名乗りを上げましょう。
「我が名はレイクーリア。エンドリュース男爵家に生まれ、本日よりグランデリア公爵家の者となる身でございます」
龍女王様のメイスを掲げ、振り下ろしながらそして私は叫んだ。
「その力を示すため、さあどこからでも、かかっておいでなさい!」
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
ときの声を上げながら突っ込んでくる衛兵・メイド混成部隊に向かって、私も地面を蹴った。まずは、数を減らすところから。
空を行く私目掛けて、衛兵部隊が槍を構えている。もちろん模擬戦なんだから、先端は鋭い穂先ではなくて布に包んだクッションのようなものを紐で縛ってあるわけなんだけれど、それでも突かれると痛いものは痛いのよね。
なので、私はその1本の先端を目掛けてメイスを叩きつけた。加減はしたから槍は折れなくて、その反動で私の身体はもう一度宙に浮く。さて、次が本命よ。
「でいやあ!」
思い切りメイスを振り下ろすと、衝撃波で槍を構えた衛兵たちが吹っ飛んだ。少し広めの円形に空間ができたから、私はそこに降り立つことができるのよ。
でも、着地できたからといってもちろん気は抜けないわ。何しろ、周囲全てが敵ですものね。ええ、仮想敵ですけれど。
「お覚悟!」
「ふん!」
叫ぶ衛兵たちの懐に、姿勢を低くして飛び込む。メイスで突きを繰り出して、10人ほどは簡単に昏倒させられたわね。さっと身を引いたのは、慣れているメイド部隊の方だった。
これこれ衛兵、台詞など言っている暇があるならその槍を繰り出しなさいな。私に懐に踏み込む余裕を与えてしまってはせっかくのリーチの差が、ないものになってしまうではないですか。
まあ、放っておきましょう。おそらく彼らは、終わった後でブランドや、うっかりするとクロード様に怒られそうですから。
「はっ!」
「何の!」
それで、私の突きを避けたメイド部隊は2、3人が1組となって少し短めの槍を突きこんでくる。私の戦い方を知っているから、懐に入れないように懸命なのね。
けれど、それで倒せる私ではないわ。何しろ、アルセイム様の頑張れという最強の魔術を頂いているのですから。
「おらあ!」
私が殴ったのは、彼女たちの足元の地面。衝撃で土がえぐれて、メイドたちは足をふらつかせる。そこで、どこでも良いからメイスを叩き込んだ。
「は、は、はっ!」
「きゃ!」
「がっ!」
足だったり、腹だったり、腕だったり。要は、戦えないようにすればいいのだから、ダメージを与えるのはどこでも良いのよね。
もしこちらが振るっている武器が剣だったりしたら、それで致命傷になることもあるのだから。