108話 さてこれから頑張りましょう
「……んで、連れ帰ってきたわけかよ」
「あらあら」
山の民のことは長様におまかせし、人型に変じたヴァスキを連れて、私たちはグランデリアのお屋敷に戻った。で、ヴァスキを見たクロード様、そしてジェシカ様の感想がこれである。
「ナジャもそうだけど、こちらも可愛らしいわね」
「……は、はあ……」
よしよし、と頭を撫でられて頬を赤らめる、外見上10代後半のちょっぴりふっくらした貴族令息っぽい感じの青年。これが、人型のヴァスキである。ああ、衣装はトレイスに合わせてもらったけど。
もしかして、ちょっぴりふっくらというのが龍神様の間ではもてない要素だったのかしら。アナンダ様もクリカ様も、割と細身だったし。
「それで、もう悪さはしないのね?」
「はい。若様と姫様に、次やったら容赦はしないと」
「本当なら、とっくに容赦されてないわけだからな。気をつけろよ?」
「……はい……」
龍の時の身体と同じように深い青の髪、あまり長くはないそれで顔を隠すようにうつむきながら、ヴァスキはお2人の言葉に頷く。個人的にも、ジェシカ様がおっしゃったように可愛らしいと思うのだけれど……コンプレックス、あるのかしらね。
まあ、うちの侍従として引き取った以上は責任持って面倒をみてやらないとね。私が死んだあと、ちゃんと普通の龍神様としてお祀りしてもらえるように。
そのことを説明すると、クロード様は「分かった」と頷いてくださった。そうして、いつもついているブランドを振り返る。
「ブランド。そういうわけだから、侍従としての心得を徹底的に仕込んでやってくれ」
「承知いたしました」
ブランドは深く頭を下げて、それからヴァスキに向き直った。あ、眼光鋭い教師の眼になったわ。……エンドリュースの屋敷で私を鍛え上げてくれた、メイド長のような眼。
「では、ついてきてください。少々のおいたは大目に見ますが、人としての少々でございますからな?」
「はい、分かっております」
おずおずと、ヴァスキはブランドの後についていく。しばらくの間は人の使用人の中で生活して、人としての生き方を学ぶのが良いわよね。
ナジャのときは、結局私と取っ組み合いしたりして覚えさせたけれど。あれは大変だったわ、と思い出しているうちに2人の姿は見えなくなった。
そこでクロード様が、苦笑を浮かべながら私の方に向き直られる。
「……フルボッコにしたろ、レイクーリア」
「お分かりになりますか?」
「そりゃそうだろ。かの魔龍とやらが、あんだけおとなしくなっちまってんだからよ」
ヴァスキが出ていった扉にちらりと視線を向けて、クロード様は肩をすくめられた。ええまあ、そうでもしないと降参してくださらないと思ったから、ですけれど。
一方ジェシカ様はソファにお座りのままで、のんびりと微笑まれる。
「まあ、おとなしくなってくれたのならいいんじゃないかしら。このまま、元の龍神様としてお祀りできる日が来るといいわね」
「はい、我々としてもそれが一番ですからね」
彼女には、アルセイム様が代わりにお答えくださった。そう、魔龍とてもともとは龍神様なのだから、お祀りされるに越したことはない、と思う。
龍王山には龍神様がいなくなってしまったし、いつかあの聖地でヴァスキが龍神様としてお祀りしてもらってのんびり過ごせれば、それが彼にとっては一番でしょう。
まあ、その前に徹底的に教育されてもらいますけどね。私たちがいなくなった瞬間元の魔龍に逆戻り、なんてことになったら今度は龍女王様がただじゃ置かない、と思うもの。もしそんなことになったら、龍王山が平地になってしまうわ。いえ、もしかしたら湖になるかも。